2026年4月19日日曜日

パキスタンにおける給食および関連する食事支援の現状

 

1. 学校給食プログラムの推進と拡大

パキスタン政府および各州政府は、教育支援と児童の健康改善を目的として、学校給食プログラムの導入・拡大に注力しています。

  • パンジャーブ州の取り組み 2024年8月、パンジャーブ州のマリアム・ナワーズ州首相は、公立学校の児童を対象とした給食プログラムの一環として、無料の牛乳を提供する事業を推進しています。これは英国高等弁務官との会談においても、教育・保健分野での協力事項として確認されました。

  • 教育政策における位置づけ 2025年11月時点の概況によれば、女子教育の推進や奨学金制度と並び、学校給食の拡大が子供たちの生活に関わる重要な課題として位置づけられています。

2. 食事支援の背景と目的

給食・食事支援が行われる背景には、深刻な栄養不足や社会的不安が存在します。

  • 健康と栄養の改善 ポリオ、デング熱、HIVといった感染症の拡大や、基本的な保健医療サービスの不足に直面する中で、給食は子供たちの栄養状態を底上げするための重要な手段となっています。

  • 通学率の向上 学校で食事を提供することにより、貧困層の子供たちが学校へ通う動機付けを行い、教育へのアクセスを改善する狙いがあります。

3. 社会福祉としての食事提供(Panahgah等)

学校以外でも、困窮者を対象とした公的な食事支援が行われています。

  • 福祉施設での提供 パンジャーブ州政府などは、ホームレスや低所得者の方々が尊厳を持って食事をとれるよう、**Panahgah(避難所・福祉施設)**での食事提供を継続しています。

  • 災害時の食料配給 2022年の大規模洪水のような非常時には、被災地での食料配給が実施されています。ただし、配給現場に人々が殺到し、死者が出るなどの混乱も報告されており、安全かつ円滑な供給体制の構築が課題となっています。

4. 給食運営における課題

プログラムの実施にあたっては、経済的・社会的な障壁が複数存在します。

  • 物価高騰と経済危機 深刻なインフレにより食料品価格が高騰しており、支援プログラムの維持コストを圧迫しています。

  • インフラと治安の不安定さ 洪水による校舎の損壊や、テロなどの治安悪化、教師不足といった教育現場の不安定さが、給食を安定的かつ安全に提供する上での妨げとなっています。

  • 難民問題の影響 アフガニスタン国籍者の国外追放や難民の帰還といった社会情勢の変化も、地域レベルでの食料・教育支援の優先順位や運営に影響を及ぼしています。


なお、これらの情報は、メディアニュース(Tribune紙, Dawn紙, Jang紙, Duniya紙, ARY紙, GEO紙, Observer紙, JICA/UN機関ページ等)に掲載された記事について、本研究メンバーが該当期間に継続して収集した情報をもとに作成しています。

2026年4月16日木曜日

パキスタンの子どもたちの「健康」と「学び」を守るために:就学保障の視点から

 パキスタンは世界的に見ても乳幼児死亡率が高く、毎日約675人もの新生児が命を落としているという厳しい現実に直面しています。この課題は単なる医療の問題に留まりません。子どもたちが健やかに成長し、学校に通い続けるという「学習権」を保障するためには、教育現場での健康支援が不可欠です。

最新の文献レビューに基づき、子どもたちの生存と就学を支えるための、教育現場における「健康保障」のアプローチを探ります。

1. 就学と成長を阻む主な要因

これまでの研究では、5歳未満児の死亡および発育阻害(スターティング)の要因が大きく4つに分類されています。これらは、子どもたちが学校へ通うための体力を奪う要因でもあります。

  • 周産期要因: 出生時のケア不足は、その後の発達障害や慢性的な健康課題に繋がり、将来の就学率に影響を及ぼします。

  • 感染症: 肺炎や下痢症などは、繰り返すことで欠席率を高め、学習の継続を困難にします。背景には不衛生な生活環境があります。

  • 栄養要因: 5歳未満児死亡の約45%に関与する栄養不良は、認知機能の発達を妨げ、集中力や学習意欲の低下を招く「教育上の課題」でもあります。

  • 環境・社会要因: 深刻な大気汚染や医療へのアクセスの格差は、子どもたちの外歩きや登校そのものを困難にする物理的な障壁となっています。

2. 「健康保障」としての学校の役割

学校は知識を学ぶ場であると同時に、子どもたちが継続して教育を受けるための「健康の基盤」を整える拠点です。死因の背景をふまえると、就学を保障するために以下の3つの健康支援が重要です。

① 生活基盤としての水衛生管理(WASH)

下痢症などの感染症は、長期欠席や退学の主要な原因となります。学校に安全な飲料水と清潔なトイレを整備することは、子どもたちの登校意欲を高め、学習環境を物理的に保障することに直結します。また、学校での衛生教育が家庭に波及することで、地域全体の健康水準が向上し、次世代の就学環境も改善されます。

② 学習能力を支える栄養・健康モニタリング

栄養状態は学業成就の土台です。学校での定期的な健康診断や栄養価の高い給食の提供は、単なる空腹を満たす支援ではなく、発育阻害を抑え、授業に集中できる心身を育む「就学保障」活動です。学校を健康管理のハブ(拠点)とすることで、脆弱な家庭の子どもたちの脱落を防ぐことができます。

③ 学習機会を奪う環境リスクへの対応

パキスタンの都市部で深刻なスモッグ(大気汚染)は、肺疾患を引き起こし、多くの子どもたちから通学の機会を奪っています。学校において、大気汚染から身を守る知識を伝え、健康状態に応じた柔軟な学習形態(屋内活動の徹底など)を整えることは、いかなる環境下でも子どもの「学び」を止めないための重要な配慮となります。

3. まとめ:教育こそが「健康」と「未来」の循環を作る

多くの文献が、「母親の教育水準」が子どもの生存率、そしてその後の就学継続に最も強く相関していることを示しています。

女子教育の推進は、将来の母親が正しい保健・栄養知識を持つことへと繋がり、世代を超えて子どもたちの健康を守る「持続可能な就学保障」となります。医療インフラの整備と並行して、教育現場で「健康・栄養・学び」を一体的に守る仕組みを構築することこそが、パキスタンの子どもたちが未来を切り拓くための鍵となるはずです。

参考文献:

  • Tharwani et al. (2023) "Infant & Child Mortality in Pakistan and its Determinants"
  • Nisar et al. (2017) "Cause of death in under 5 children in a demographic surveillance site in Pakistan"
  • Zainab et al. (2025) "Undesired nexus poor health status of child under-five"
  • Dhaded et al. (2022) "The causes of preterm neonatal deaths in India and Pakistan"
  • WHO (2025), UNICEF (2024) 報告資料

パキスタンにおける感染症:デング熱

 

パキスタンにおけるデング熱流行状況と対策の概要(2024年1月〜2026年3月)

 パキスタンにおける2024年1月から2026年3月にかけてのデング熱流行状況と対策の概要を分析し、まとめると以下の通りです。

 パキスタンにおけるデング熱の流行は、パンジャーブ州、ハイバル・パフトゥンハー(KP)州、シンド州などの主要都市を中心に、年を追うごとに深刻化しています。2024年初頭の流行の兆しから始まり、同年末には都市部での爆発的な感染拡大を記録しました。2025年に入っても勢いは衰えず、モンスーン明けの再拡大を経て、2026年にかけては死者数が増加するなど、公衆衛生上の重大な脅威として定着しています。

 感染状況の特徴として、従来のような季節性の流行に留まらず、冬期を含めた通年での症例報告が常態化している点が挙げられます。特にイスラマバードやラホールといった大都市では、流行ピーク時に病院の収容能力が限界に達し、医療体制が逼迫(ひっぱく)する事態が繰り返されています。また、デング熱のみならず、マラリアや大気汚染(スモッグ)、ポリオ対策といった他の保健課題が重なり、公衆衛生全体への負荷が極めて高い状態にあります。

 政府および自治体は、監視体制の強化や「デング熱対策キャンペーン」を通じた清掃、殺虫剤散布(スプレー作業)などの物理的な防除を継続的に実施しています。特筆すべきは、標準作業手順書(SOP)に従わない施設や、ボウフラが発見された場所の所有者に対し、逮捕、罰金、建物の封鎖といった極めて厳格な法的・強制的措置を講じている点です。

 しかし、こうした行政の介入にもかかわらず、症例数は増加傾向にあり、一部の検査機関による料金規制の不遵守といった医療アクセスの不平等も顕在化しています。現状、デング熱は一時的な流行病ではなく、国家的な保健優先事項として、持続的かつ包括的な対応が不可欠な状況であるといえます。


子ども・教育の視点から見た状況

 子ども、および子どもの教育という視点で考えた場合、以下のような状況にあります。

 パキスタンにおけるデング熱の蔓延(まんえん)は、子どもの健康と教育環境に対して多層的な脅威をもたらしています。特に、都市部や農村部の学校周辺における衛生環境の悪化が、教育の継続性と子どもたちの発達に深刻な影響を及ぼしています。

1. 子どもの健康被害と教育への直接的影響

 デング熱の症例は全年齢層で増加傾向にありますが、2025年後半から2026年にかけては、マラリアや「謎の病気」の併発とともに、児童の死亡例も複数報告されています。子どもの感染は、重症化のリスクだけでなく、長期の欠席を余儀なくさせ、学習の遅れ(ラーニング・ロス)を直接的に引き起こしています。特に、イスラマバードやラーワルピンディなどの都市部では、流行期に病院の収容能力が限界に達し、適切な医療ケアへのアクセスが困難になったことも、子どもたちの健康リスクを増大させる要因となりました。

2. 教育環境における感染リスクと行政措置

 学校施設は、その構造や管理状況によって蚊の繁殖源になりやすく、子どもたちにとっての最大のリスク地点の一つとなっています。

  • 学校内の衛生管理: ボウフラ(蚊の幼虫)が発見された教育施設や商業施設に対し、行政による「建物の封鎖(シール)」や厳格な法的措置が講じられています。これは、学校が感染拡大の拠点となることを防ぐための不可欠な措置である一方、一時的な休校措置が子どもたちの学習機会を奪う結果にもつながっています。

  • 学校での啓発活動: 州政府の「デング熱対策キャンペーン」の一環として、学校単位での予防教育が行われています。水たまりの除去や蚊よけの使用、適切な服装(長袖の着用等)の指導が、子どもたちを通じて各家庭に普及する「啓発のハブ」としての役割が学校に期待されています。

3. 社会経済的要因と教育の格差

 デング熱対策における医療アクセスの不平等は、教育格差をさらに拡大させる懸念があります。

  • 検査・治療費の負担: 一部の検査機関が政府の料金規制を遵守しないなどの問題が発生しており、低所得層の子どもたちが適切な診断を受けられず、登校再開が遅れる事態が生じています。

  • 複合的な公衆衛生の脅威: 大気汚染(スモッグ)による休校措置とデング熱の流行が重なることで、子どもたちは二重の健康被害と教育の中断に直面しています。特にポリオ根絶活動など、他の保健課題とリソースを奪い合う状況が、子どものための包括的な保健サービスの質を低下させています。

4. まとめ

 子どもの視点から見たデング熱問題は、単なる公衆衛生上の課題にとどまらず、教育を受ける権利と健康に育つ権利を脅かす「教育危機」としての側面を強めています。今後は、学校施設における通年でのボウフラ駆除体制の確立と、感染や環境悪化による休校時でも学習を継続できる柔軟な教育支援体制の構築が不可欠です。


なお、これらの情報は、メディアニュース(Tribune紙, Dawn紙, Jang紙, Duniya紙, ARY紙, GEO紙, Observer紙, JICA/UN機関ページ等)に掲載された記事について、本研究メンバーが該当期間に継続して収集した情報をもとに作成しています。

2026年4月6日月曜日

パキスタンにおける感染症:狂犬病

 インド・パキスタン亜大陸で最も軽視されている慢性風土病および予防可能な感染症の 1 つは狂犬病です。世界保健機関(WHO)によると、毎年55,000人以上が狂犬病で死亡しており、そのうち31,000人以上がアジアの、主に子どもたちです。パキスタンは狂犬病による死亡者数で世界上位にランクされています。

 パキスタンでは年間1,0005,000人が狂犬病で亡くなっていますが、監視体制の弱さなどから、報告されないケースも多く、実際の被害はさらに大きいと推測されています。野良犬が多いことも関連していて、適切なゴミ捨てが行われておらず、屋外へのゴミ放置が野良犬の繁殖を助長する一因となっています。また、パキスタンで発生している洪水のような災害時に狂犬病が増加するという報告もあります。

 カラチにおいて385世帯を対象とした調査では、狂犬病の原因がウイルスであると知っていたのはわずか12.2%で、人間の狂犬病症状を認識していたのは9.1%に過ぎませんでした。多くの被害者が犬に噛まれることを軽視し、適切な曝露後ワクチン接種(PEP)が遅れることで死亡率が高まっています。また、唐辛子や油を使った民間療法が依然として行われている点も問題視されています。

 以前はインドからワクチンを輸入していましたが、両国間の緊張により2019年以降、深刻な供給不足に陥っています。国内の国立衛生研究所(NIH)の生産量も需要に追いついていません。

 私たちの研究における対象地であるパキスタンのKP州では、過去前例のないペースで増加しています。2025年の報告件数は87,364件に達し、2024年の60,223件から約27,000件以上増加しました。特に、州都ペシャーワルでは、2024年はわずか655件でしたが、2025年には4,558件へと約7倍に急増しており、医療体制が比較的整っている都市部でも深刻な事態となっています。調査対象のハリプールでは3,895件、アボタバード2,683件が報告されています。

 このような状況を受けて、KP州では、狂犬病対策プロジェクトが実施されています。

活動内容は以下の通りです。

(1)   地方自治体による野良犬の個体数調査

(2)  Livestock & Dairy Development Research(畜産・酪農開発研究)によるディストリクト本部病院における手術室の強化/設置

(3)  地方自治体による野良犬の識別と捕獲

(4)  畜産・酪農開発研究による野良犬の不妊手術

(5)  畜産・酪農開発研究による野良犬へのワクチン接種

(6)  ディストリクト行政政によるディストリクト調整委員会

 

子どもたちの通学時の安全という視点では、犬の咬傷による狂犬病は大きな問題となります。

 

【参考文献】

Arif S, Ali K, Manzoor R, Quratulain, Khurram L and Malik M, 2023. RABIES- A Zoonotic Disease. In: AguilarMarcelino L, Zafar MA, Abbas RZ and Khan A (eds), Zoonosis, Unique Scientific Publishers, Faisalabad, Pakistan, Vol 3: 187-203. https://doi.org/10.47278/book.zoon/2023.96

Fatima, N. (2025). Rabies Remains a Persistent and Growing Public Health Challenge in Pakistan: Rabies Remains a Persistent and Growing Public Health Challenge. MARKHOR (The Journal of Zoology), 6(3), 01-02. https://doi.org/10.54393/mjz.v6i3.183

Ghanghro, A. & Jokhio, M. (2014) Epidemiology of dog bites during floods in District Naushahro Feroze, Sind, Pakistan, 2010, International Journal of Infectious Diseases, Volume 21, Supplement 1391

Global Alliance for Rabies Control (2025) Local: Control of Rabies Disease Through Neutering Techniques of Stray Canines at Divisional HQs of Khyber Pakhtunkhwa, http://rabiesalliance.org/world-rabies-day/event/control-rabies-disease-through-neutering-techniques-stray-canines-divisional

Kumar, H. & Bakhru, D. (2022 Rabies in Pakistan: A never ending challenge, Annals of Medicine and Surgery, Sep 16;82:104687. doi: 10.1016/j.amsu.2022.104687

Maqsood, A., & Alam, M. (2018). Epidemiology of rabies in Pakistan: A review of literature. Journal of Public Health and Nutrition, 1(2), 48–54.

Mughal FB, Ali BHI. (2018) Epidemiology of rabies in Pakistan: A review of literature. J Infectious Disease Med Microbiol. 2(1):18-21.

Mubashir, A. & Hussain, SA. (2020) Is Pakistan doing Enough to Eradicate Rabies by 2030?, Journal of the College of Physicians and Surgeons Pakistan 2021, Vol. 31(05): 614

National Commission on the Rights of Child (2025) KP records over 87,000 Dog Bite Cases this Year, The state of Children in Pakistan, https://stateofchildren.com/kp-records-over-87000-dog-bite-cases-this-year/

パキスタンにおけるサラセミア制圧に向けた法的・医学的アプローチ

  パキスタンにおいて、赤血球内のヘモグロビン合成に異常をきたす遺伝性血液疾患「サラセミア」は、極めて深刻な公衆衛生上の課題となっています 。本記事では、2019年から2026年までのウェブメディア報道に基づき、同国における予防、治療、そして社会的な背景について詳しく解説します ...