2026年11月1日日曜日

パキスタン:感染症流行と教育格差の克服に向けて

アジア・アフリカ地域の中でも、パキスタンは気候変動の影響や地域的・治安上の要因により、デング熱やポリオ(急性灰白髄炎)といった感染症の二重の脅威に晒されています。本記事では、近年の報道・研究データをもとに、同国における感染症対策の現状と、それが子どもの就学・教育機会に与える影響について考察します。


デング熱の爆発的増加と「通学・学習」へのリスク

パキスタンにおけるデング熱の被害は、近年急速に拡大しています。アガ・カーン大学(AKU)などの研究チームが発表した調査によると、2012年から2022年の11年間で、同国のデング熱症例数は推定10万人から約328万人へと3,000%以上増加しました。特にシンド州やKP州などの地域で流行が長期化しており、デング熱はもはや単なる季節性の脅威にとどまらず、通年で発生するリスクへと変化しています。

デング熱の高熱や重症化は、子どもたちの長期欠席を引き起こすだけでなく、家庭内の働き手や保護者が感染することによる経済的困窮から、子どもが中途退学を余儀なくされる要因にもなっています。予防のための衛生教育や、学童保育・学校環境におけるボウフラ発生防止策(排水管理や殺虫剤の散布など)は、子どもたちの「健康な就学」を守るための最優先課題です。

ポリオ根絶に向けた「最後の1マイル」と治安・アクセスの課題

パキスタンは、アフガニスタンと並び、世界で唯一ポリオが未根絶(野生型ポリオウイルスが野生株として定着)の国です。2026年現在もKP州のバヌーや北ワジリスターンなどでウイルスが循環しており、環境サンプル(下水)からも陽性反応が継続して検出されています。

KP州政府は、730万人以上の子どもを対象とした大規模なワクチン接種キャンペーンを展開し、遠隔地の医療施設改善や治安対策に注力しています。しかし、治安上の制約や移動の危険性、ワクチンに対する不信感・デマの流布などが阻害要因となり、未接種の子どもが残されているのが現状です。

特に深刻なのは、ワクチンを届ける医療従事者(ポリオワーカー)への安全リスクです。過去10年以上にわたり、100名以上の保健従事者や治安警備スタッフが治安テロ等の攻撃によって命を落としています。女性保健員(Lady Health Workers)をはじめとする現場のワーカーたちが身の危険を冒して一戸一戸を巡回することで、初めて子どもの「命と身体障害予防」が成り立ってます。

「就学を保障する健康」に向けたアプローチ

健康を害した子どもは学校に通えず、教育の機会を失うことで将来の貧困から抜け出せないという「悪循環」が生じます。パキスタンにおける感染症対策は、単なる医療の問題にとどまらず、子どもの教育権と就学機会を保障するための社会基盤整備そのものです。

教育機関における定期的な健康診断や衛生教育の導入、地域社会の意識改善、そしてポリオワーカー等の安全確保と公的な支援態勢の強化が、今後ますます重要となります。

参考ウェブサイト

  1. DAWN.com

  2. The Nation

  3. Pakistan Observer

2026年10月22日木曜日

パキスタン:狂犬病と蛇咬傷の現実

 過去の記事(2026年4月6日)では、野犬による狂犬病被害の深刻さと、それが子どもたちの通学路の安全に与える影響について紹介しました。今回は、狂犬病と並んで子どもの生命と就学を脅かしている「毒蛇に噛まれる事故」の現状と、それらが「就学を保障する健康」に与える課題について、パキスタンの事例を中心に考察します。

1. 狂犬病と毒蛇咬傷(Snakebite):死傷事故がもたらす教育への打撃

パキスタンでは、野犬被害による狂犬病のみならず、毒蛇に咬まれる事故が相次いで発生しています。

  • 犬咬傷・狂犬病: シンド州などでは年間20万件を超える犬咬傷が発生しており、幼い子どもたちが犠牲となるケースが後を絶ちません。

  • 蛇咬傷(Snakebite): パンジャブ州の報告によると、2026年だけでも1,060件以上の蛇咬傷事故が発生し、少なくとも6名が死亡しています。

気候変動による洪水被害の増大や、草むら・未舗装路の多い通学環境により、子どもたちは登下校中や校庭周辺で毒蛇や野犬に遭遇するリスクに常に晒されています。これらはいずれも世界保健機関(WHO)が「顧みられない熱帯病(NTDs)」に指定する深刻な健康被害であり、迅速な治療(抗蛇毒血清や狂犬病ワクチンの投与)を受けられなければ、死に至るか重度の後遺症を抱えることになります。

子どもが怪我や障害を負ったり、過度の恐怖から外出できなくなったりすることは、長期欠席や不登校、ひいては中退へと直結する大きなハードルです。

2. アジア・アフリカ6か国研究の視点:「就学を保障する健康」とは

本研究が対象とする6か国(パキスタン、タイ、インドネシア、ケニア、ザンビア、南アフリカ)はいずれも、気候・自然環境や地域インフラの違いに応じた多様な健康・安全上のリスクを抱えています。

アフリカの農村部や東南アジアの湿地・農村地域でも同様に、野生動物や感染症、毒蛇による被害が子どもの登校を阻む要因として指摘されています。

子どもたちの「就学」を真に保障するためには、以下のような多角的な教育・保健・環境アプローチが必要です。

  1. 医療アクセスと緊急手配体制の確立 学校や地域保健センターにおける抗蛇毒血清(Antivenom)や曝露後ワクチン(PEP)の備蓄・迅速な搬送体制の整備。

  2. 学校・通学路の環境改善 校庭の定期的な草刈りや瓦礫の撤去、野鳥・野良犬の繁殖を防ぐ適切なゴミ管理など、害獣・毒蛇が潜みにくい空間作り。

  3. 学校における安全・防災教育の標準化 「蛇や野良犬を見かけた際の正しい行動」「危険な場所(暗がり・茂み)を避ける指導」「万が一咬まれた際の適切な応急手当と民間療法の危険性の周知」といった実用的な知識の普及。

健康管理や安全対策は、医療分野だけの問題ではありません。「学校に行きたくても危険があって行けない」「登校途中に命を落とす・障害を負う」というリスクを減らし、すべての子どもが健やかに学べる環境を整えることこそが、「就学を保障する健康」の核となる考え方です。

今後も当プロジェクトでは、パキスタンをはじめとする対象6か国の現地調査・データ分析を通じて、子どもたちの生命と学びを守る政策・教育モデルの提示を目指してまいります。

参考ウェブサイト

2026年10月19日月曜日

アガ・カーン財団(AKF)の統合的取り組み

 アジアやアフリカの途上地域において、子どもたちが継続して学校に通い、質の高い教育を受けるためには、単に教室や教科書を整備するだけでは不十分です。栄養不良や感染症、衛生環境の悪化による体調不良は、欠席率の増加や学習意欲の低下に直結します。つまり、「健康の保障」こそが「就学の保障」の基盤となります。


このような課題に対し、アジア・アフリカ各地で「保健・栄養」と「乳幼児発達(ECD)・教育」を組み合わせた包括的なコミュニティ支援を行っている代表的な機関がアガ・カーン財団(Aga Khan Foundation, AKF)です。


1. アガ・カーン財団(AKF)とは?

アガ・カーン財団(AKF)は、アガ・カーン開発ネットワーク(AKDN)の一翼を担う国際開発援助機関です。50年以上にわたり、南アジアや東アフリカなどを中心に、宗教や民族を問わず最も脆弱な立場にある人々を対象とした地域社会の基盤づくりに取り組んでいます。

AKFの特徴は、教育、保健・栄養、気候変動対応、農村開発といった複数の分野を個別に行うのではなく、相互に関連し合う課題として統合的にアプローチ(Holistic Approach)する点にあります。

2. 就学と健康を支えるAKFの取り組み

AKFは、子どもが健やかに成長し学び続けるために、以下のサイクルで支援を展開しています。

  1. 乳幼児期からの健康と栄養(ECD: Early Childhood Development)

    • 生後間もない時期からの予防接種、適切な離乳食・栄養補給、早期発達ケアを推進。健全な身体・脳の発達を促すことで、就学前の基盤を築きます。

  2. 学校保健と衛生環境(WASH)の整備

    • 学校での清潔な水や衛生設備(手洗い場・トイレ)の設置・維持管理を行い、感染症予防と登校率の維持を両立させます。

  3. コミュニティ主導の持続可能な支援

    • 地域住民や保護者、教員、保健ボランティアを巻き込んだコミュニティ組織を育成し、支援が長期的かつ自律的に続く仕組みをつくります。

3. 研究対象国における文脈と現状

本研究の対象国(パキスタン、タイ、インドネシア、ケニア、南アフリカ、ザンビア)における子どもの健康と就学を巡る状況と、AKFなどの活動文脈は以下の通りです。

  • パキスタン(AKFの主要支援国)

    • AKFが特に強力なネットワークを持つ地域の一つです。北部山岳地帯や農村部において、母子保健、乳幼児栄養改善、学校教育支援を一体となって提供し、子どもの健やかな発達と就学率向上を支えています。

  • ケニア(AKFの主要支援国)

    • 東アフリカにおけるAKFの重要拠点です。沿岸部や乾燥地域を中心に、乳幼児ケア(ECD)プログラムや学校での保健・栄養指導を実施し、子どもの通学継続を促す取り組みを展開しています。

  • タイ・インドネシア・南アフリカ・ザンビア

    • これらの国々はAKFの直接的な主要運用国一覧には含まれないものの、アジア・アフリカにおける「健康と就学」の課題を多角的に考察する上で非常に重要な国々です。

      • タイ・インドネシア(東南アジア): 学校給食プログラムや学校保健(UKSなど)を通じた就学維持の先進事例や地域格差の比較対象として重要です。

      • 南アフリカ・ザンビア(南部アフリカ): 感染症対策(HIV/エイズやマラリア)や貧困層における学齢期児童の栄養不調が及ぼす就学への影響を分析する上で欠かせない文脈を提供します。

4. まとめ:学びの機会を守る「包括的アプローチ」の重要性

子どもたちが学校に通い、将来の可能性を広げるためには、「健康であること」が絶対的な前提条件です。アガ・カーン財団(AKF)の実践が示すように、保健・栄養支援と教育支援をクロスオーバーさせた地域主導型の取り組みこそが、アジア・アフリカにおける持続可能な就学保障の鍵を握っています。

参考ウェブサイト

2026年10月12日月曜日

世界教育モニタリングレポート(GEMレポート)2026

今回は、ユネスコ(UNESCO)が発表した最新の「世界教育モニタリングレポート(GEMレポート)2026」を読み解きながら、「就学を保障する健康」というテーマについて考えていきます。
 


「学校の門をくぐる」だけでは終わらない教育の課題
2000年以降、世界全体で学校に通う子どもの数は飛躍的に増加しました。就学前教育(幼稚園・保育所など)の在籍者は45%増加し、中等教育(中学・高校など)までの児童・生徒数は3億2,700万人(30%増)増加しています。

しかし、GEMレポート2026は「学校の門をくぐらせることは戦いの半ばに過ぎない」と警告しています。 世界では今なお2億7,300万人もの子どもや若者が学校に通えていません(紛争地域の影響を含めるとさらに約1,300万人増)。また、途上国を中心に「途中で落第(留年)を繰り返す」「年齢に対して遅れて入学する」といった問題が慢性化しており、結果として途中で退学してしまう子どもたちが後を絶ちません。

このような「教育の中断」を防ぎ、就学を継続させるための強力なアプローチとして再評価されているのが、保健・栄養・給食支援などの健康に関する介入です。

「健康と栄養」が教育格差を埋める仕組み
GEMレポート2026では、教育アクセスの拡大を支える要素として、教育政策だけでなく「健康や栄養への介入」が極めて重要であると強調されています。

子どもが病気や慢性的な栄養不良に苦しんでいる場合、学校を休みがちになり、学習についていけず、最終的に退学へと追い込まれてしまいます。ここで威力を発揮するのが、学校給食プログラム(School Feeding Programmes)や条件付き現金給付(CCT)、医療・衛生支援です。

学校給食の絶大な効果: 給食は、最も貧しい家庭の子どもたちを学校に呼び戻し、毎日の出席率を高める直接的なインセンティブとなります。お腹を満たすことで授業への集中力が上がり、落第や退学のスクリーニングを防止します。

財政の再分配と公平性: レポートの分析によると、貧困層や過疎地に資源を再分配する教育財政メカニズムの中で、学校給食プログラムは過去25年間で世界的に倍増しており、最も定着した公平性支援策となっています。

注目6か国と各地域の現状:GEMレポートが示すデータ
本レポートから、ご質問の6か国(パキスタン、タイ、インドネシア、ケニア、ザンビア、南アフリカ)およびそれらが位置する地域の教育と健康・公平性に関する現状をみてみましょう。
① 南アジア(パキスタンなど)
地域の課題: 南アジア(Central and South Asia)は、サブサハラアフリカと並んで世界の非就学人口の75%を占める極めて深刻な地域です。
就学前教育の格差: 南アジアでは近年、幼児教育への参加率は向上しているものの、最も貧しい層と最も裕福な層の間にある「参加率の格差」が過去25年間ほとんど縮まっていません。家庭の貧困や子どもの健康状態の低さが、幼少期からの教育機会の喪失に直結しています。

② 東南アジア(タイ、インドネシアなど)
中等教育修了率の躍進: 東南アジアを含む東・東南アジア地域は、過去25年間で中等教育の修了率が世界で最も改善した地域です。
公平性と社会支援: 東南アジア諸国では、都市部と農村部の教育格差が急速に縮小しています。タイやインドネシアなどでは、現金給付や学校給食、保健介入を組み合わることで、貧困層の子どもたちが途中で挫折せずに高校を卒業できる仕組みづくりが進められてきました。

③ サブサハラアフリカ(ケニア、ザンビア、南アフリカなど)
学齢超え(Overage)と留年の深刻さ: サブサハラアフリカは、初等・中等教育における留年率(Repetition rate)が世界で最も高い地域です。病気による欠席や遅れての入学が原因で、15歳〜18歳になってもまだ小学校や中学校の学年に留まっているケースが多発しています。
給食・健康支援の重要性: サブサハラアフリカでは、人口増加により学校に通う年齢の子どもが倍増しています。ケニア、ザンビア、南アフリカといった国々では、貧困対策および健康維持のための「学校給食」や「直接的な学生支援」が導入・拡大されており、これらの健康・社会保護プログラムが子どもたちの就学継続を支える命綱となっています。

持続可能な教育支援に向けて
教育格差や非就学の問題は、単に「学校を建てる」「教科書を配る」だけでは解決しません。GEMレポート2026が示すように、子どもたちが健全に育ち、毎日元気に学校に通える「健康と栄養の保障」が伴って初めて、すべての子どもに教育の権利が届くのです。

今後、国際社会や各国政府が2030年のSDGs達成に向けて進むべき道は、教育・保健・福祉が一体となった「包括的な支援パッケージ」を、最も取り残されやすい子どもたちへ確実に届けることと言えます。

パキスタン:感染症流行と教育格差の克服に向けて

  過去に紹介した記事: アジア・アフリカ地域における教育と健康課題の交差点 アジア・アフリカ地域の中でも、パキスタンは気候変動の影響や地域的・治安上の要因により、デング熱やポリオ(急性灰白髄炎)といった感染症の二重の脅威に晒されています。本記事では、近年の報道・研究データをもと...