2026年5月22日金曜日

パキスタンにおける肝炎蔓延の現状と教育現場への影響

 パキスタンは現在、世界で最も肝炎の負担が重い国の一つとされています 。特にB型およびC型肝炎の蔓延は、公衆衛生上の最優先課題となっており、2023年時点で患者数は1,000万人を超えたと推計されています 。2020年には、毎年70万人が陽性と診断されているとの報告があありました。本記事では、最新の動向と、子どもの健康・教育への視点からこの問題を考察します。なお、この情報は、2019年4月から2026年5月現在までに、本研究メンバーが継続して収集した肝炎に関連するメディア記事をまとめたものとなっています。


1. 各州における野心的な撲滅プログラム

現在、連邦政府および各州政府は、2030年までの肝炎排除という国際的な目標に向けたロードマップを更新し、対策を強化しています

  • パンジャーブ州: 2026年5月、州内から肝炎を根絶するため、各家庭に無料の医薬品を届けるプログラムが開始されました 。今後2年間で患者数を50%削減することを目指しています

  • シンド州: 「肝炎のないシンド」プログラムを掲げ、2026年までの根絶を目標としています 。州内200カ所にスクリーニングセンターを設置し、大規模なワクチン接種が進められています

  • バローチスターン州: 2021年9月の時点で、州では人口の2.13%が肝炎に感染していると報道されています。これを受けて、遠隔地での無料診断キャンプを実施し、数千人の受診を支援しています

2. 子どもの健康と就学への影響

肝炎の蔓延は、次世代を担う子どもたちの健康と教育機会に直結しています。

  • 学校での蔓延リスク: 2022年11月には、パンジャーブ州ファイサラーバードの学校でスクリーニングが行われ、255人の子どもが肝炎(A, B, C型)に感染していることが判明しました

  • 教育現場での対策: 政府は、学校での健康診断に肝炎検査を組み込むことを検討しています 。早期発見は、子どもたちの長期欠席を防ぎ、就学継続(教育の質的保証)に欠かせないステップとなります。

  • 若年層への啓発: 予防に関する啓発活動では、特に若年層を対象としたワクチン接種の重要性が強調されています 。学校を通じた正しい知識の普及が、将来的な感染率低下の鍵を握っています。

3. 感染拡大の背景と構造的課題

専門家は、単なる医療支援だけでなく、インフラと衛生基準(SOP)の改善が不可欠であると指摘しています。

  • 主な感染経路: 汚染された注射器の使用や不適切な輸血、汚染された水などが主な原因です

  • 医療現場の怠慢: 一部の病院では、滅菌器具の使用といった標準業務手順(SOP)の遵守が不十分であり、二次感染を招いている実態が非難されています

  • WASH(水と衛生)の重要性: 肝炎の蔓延を防ぐには、安全な水の確保と衛生環境の改善が、医療的介入と同等に重要視されています

まとめ

パキスタンにおける肝炎対策は、単なる病気の治療にとどまらず、子どもの健やかな成長と学びを支えるための「社会防衛」の側面を持っています。都市部と農村部での格差、そして汚職問題やインフラ不足といった課題は依然として残っていますが 、産官学および国際的なパートナーシップによる継続的な支援が期待されます

2026年5月21日木曜日

パキスタンにおけるサラセミア制圧に向けた法的・医学的アプローチ

 パキスタンにおいて、赤血球内のヘモグロビン合成に異常をきたす遺伝性血液疾患「サラセミア」は、極めて深刻な公衆衛生上の課題となっています 。本記事では、2019年から2026年までのウェブメディア報道に基づき、同国における予防、治療、そして社会的な背景について詳しく解説します



1. サラセミア蔓延の背景

パキスタンでは遺伝性疾患の負担が重く、特に血族結婚の慣習がサラセミア蔓延の一因として指摘されています 。この状況を改善するため、近年では行政と研究機関の両面から強力な対策が進められています

2. 「予防」のための法的・行政的介入

パキスタン政府、とりわけパンジャーブ州政府は、疾患の拡散を食い止めるために構造的な取り組みを強化しています

  • 結婚前検査の義務化 2026年3月の報告によれば、結婚前のサラセミア検査を義務付ける法案が可決されました 。これは保因者同士の結婚を事前に把握し、重症患者(サラセミア・メジャー)の出生率を低下させることを目的としています

  • 州政府の優先施策 パンジャーブ州政府は、保健医療分野において遺伝性疾患の管理を重要な政策課題と位置づけ、法整備を通じた社会全体の意識向上を図っています

3. 医学的研究と治療の進展

予防策と並行して、ラホールの健康科学大学(UHS)を中心とした研究チームにより、医学的なアプローチも大きな進展を遂げています

  • 特定の遺伝的変異の特定 UHSの研究チームは、パンジャーブ州の患者における遺伝的変異のパターンを特定することに成功しました 。これにより、患者個別の背景に基づいた「精密な治療(プレシジョン・メディシン)」の実現が期待されています

  • 診断技術の向上 産前診断の精度が向上したことで、胎児の遺伝的状態を早期に診断できるようになり、家族計画における重要な選択肢を提示することが可能となりました

4. 社会的課題と今後の展望

対策が進む一方で、パキスタン特有の社会構造に起因する課題も残されています

  • 人口動態と医療負担 パキスタンは人口2億5,500万人を超える世界第5位の人口大国です 。乳児死亡率の低下などの改善は見られるものの、長期的な管理が必要な遺伝性疾患は、依然として医療システムへの大きな負担となっています

  • 地域間・教育格差 州ごとの識字率には差があり(パンジャーブ州68%に対しバローチスターン州49%など)、この教育格差が疾患知識の普及や検査義務化の実効性を妨げる障壁となる可能性が指摘されています

まとめ

2020年代半ば、パキスタンのサラセミア対策は「結婚前検査の法制化」と「遺伝子レベルでの診断・治療研究」という、予防と医学の双方が機能する大きな転換点を迎えています 。今後は、これらの成果を全国的な保健ネットワークに統合し、教育格差を埋めながら国民の意識変革を促すことが、サラセミアのない未来に向けた鍵となるでしょう

2026年5月20日水曜日

健康が学びの架け橋に—パキスタンKP州における児童生徒の欠席と就学保障

 教育の普及が進むパキスタンですが、依然として多くの子どもたちが学校を欠席せざるを得ない状況にあります。特にカイバル・パフトゥンハー州(KP州)のデータや、パンジャーブ州、バローチスターン州などの事例からは、「子どもの健康と衛生環境」が、安定した就学を保障するための極めて重要な鍵であることが見えてきます。

1. KP州における欠席の現状

最新のデータダッシュボード(2023年)によると、KP州の小学校4年生の出席率は全体で87.2%、つまり約12.8%の子どもたちが欠席しています 。過去のデータでは22%(2019年)や21%(2015年)という報告もあり、地域や調査年によってばらつきはあるものの、クラスに数人は常に欠席者がいるのが現状です

特に一部の地域では深刻で、コーヒスターンでは欠席率が51%に達するという報告もあり、地域格差が非常に大きいことがわかります

2. 就学を妨げる「健康」と「環境」の課題

なぜ子どもたちは学校を休んでしまうのでしょうか。文献レビューからは、健康や衛生環境が就学に直接的な影響を与えていることが分かります。

  • 健康問題と身体的要因 パンジャーブ州の研究では、低年齢児の欠席理由として「病気」が主要な因子として挙げられています 。また、同州の教員への調査では、健康関連の問題が児童の出席に大きな影響を与えている(5段階評価で平均4.01)と認識されています

  • 不十分な水・衛生設備(WASH) 学校にきれいな水や衛生的な設備がないことは、特に健康起因の欠席を誘発します 。パキスタンの国家政策フレームワーク(2024年)でも指摘されている通り、特に女子生徒にとっては、月経保健・衛生(MHM)に関する意識の欠如や設備の不足が、学校を休む直接的な原因となっています

  • 教員の質と心理的健康 健康は身体的なものだけではありません。教員の厳しい振る舞いや体罰、過密な教室環境といった「学校の雰囲気」が、子どもたちの通学意欲を削ぎ、心理的なハードルとなっている側面も否定できません

3. 社会経済的な背景との相互作用

健康の問題は、単独で起きているわけではありません。KP州や他州の報告では、以下の要因が複雑に絡み合っています。

  • 貧困と労働:家計を助けるための農作業や家事手伝いが優先され、栄養状態の悪化や疲労が健康を害し、さらに欠席を増やすという悪循環が見られます

  • 収穫時期や行事:農業の収穫シーズンや地域の祭り(Urs)の時期には、欠席率が目立って上昇します

4. まとめ:就学を保障するために

子どもたちの学びを保障するためには、単に「学校を建てる」だけでなく、「安心して通える健康的な環境」を整えることが不可欠です。

  • 学校内での衛生設備(水・トイレ・月経衛生管理)の完備

  • 地域コミュニティと連携した健康意識の向上

  • 教員の質向上による、子どもにとって安全な居場所づくり

これらの対策が有機的に機能することで、KP州、そしてパキスタン全土の子どもたちが、健康を損なうことなく学び続けられる未来が拓けるはずです。

参考文献

Atta, M. A., Iqbal, M. J., & Joya, A. H. (2020). Teachers’ Perception Regarding Determinants of Primary School Students’ Dropout at Khyber Pakhtunkhwa. Global Educational Studies Review, V(I), 38-51. doi:10.31703/gesr.2020(V-I). https://zenodo.org/records/3957715?utm_source=openai

Dawn. (2015, July 23). Over 20 per cent students miss school daily in KP. https://www.dawn.com/news/1195622/over-20-per-cent-students-miss-school-daily-in-kp

Global Education Policy Dashboard. (2023). Indicator time trend: Pakistan, Khyber Pakhtunkhwa. https://www.educationpolicydashboard.org/indicator_timetrend/pkp/52/52

Riaz, M. & Safdar, M. (2018) Exploring Teachers' Concerns: Student Enrollment and Absenteeism in Primary Schools of Punjab Province, JOURNAL OF POLICY OPTIONS, 1(3), 121-130.

Rukhsana, Niamatullah, Shaheen, A., Gul, N., Rab, A. and Shah, A.M. (2020) Impact of Teacher Absenteeism on Student Achievement at Primary Level in Balochistan, Vol.11, No.18, ISSN 2222-1735 (Paper) ISSN 2222-288X (Online)

UNICEF Pakistan. (2020). REVIEW OF THE EDUCATION MANAGEMENT INFORMATION SYSTEM (EMIS) IN KHYBER PAKHTUNKHWA, PAKISTAN. https://evaluationreports.unicef.org/GetDocument?documentID=17745&fileID=43354


2026年5月11日月曜日

障害児の親の会「カールワーン」の活動⑭:国際デー、記念日を通した啓発イベント

  パキスタンのKP州Haripurに拠点を置く、障害児の親の会Karwaanは、2026年の母の日のイベント開催を通して、障害問題の啓発、障害のある子どもたちの集う機会づくり、に取り組みました。母の日のような記念日や、国際デーはその動機づくりにもなります。イベント開催のための寄付金集めのための寄付者への説明の容易さ、イベントに関する人々の関心の高めやすさなど、利点があります。

インクルーシブ教育を促進することで、障害のある子どもたちだけの集う場所や機会は少なくなります。他方で、Karwaanメンバーである障害児の母親たちへの聞き取り調査によれば、そのような集いの場所や機会は必要という語りがありました。








ケニア・マサイにおける思春期女子の月経衛生管理(MHM)に関するフィールドワークにおける一考察

 本事業の研究代表者高柳妙子、研究協力者池田直人の共著論文が、ケニア・マサイにおける思春期女子の月経衛生管理(MHM)に関するフィールドワークにおける一考察というタイトルで、国際保健医療40巻4号p.177-180に掲載されました。

同論文の要旨は以下の通りです。

生理用品へのアクセスは、思春期女子と若い女性(Adolescent Girls and Young Women、以下、「AGYW」という)の健康増進につながる。適切な月経衛生管理(Menstrual Hygiene Management、以下、「MHM」という)は、裕福な国では当然のこととされているが、資源の乏しい国では、MHMの不備が少女と女性の重大な問題となっており、AGYWの健康と発達に悪影響を及ぼしている。ケニアでは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックにおいて、生理用品へのアクセスが悪化しており、その原因として経済的な理由があることが明らかとなっている。本研究では、ケニア・マサイが多く住むコミュニティにおけるフィールド訪問による観察記録から生理用品へのアクセスと利用状況および使用済み生理用品の廃棄法について明らかにした。

生殖年齢の女性にとって自然で健康なプロセスである月経に関して多くの研究が存在するが、本報告では、MHM、教育、政策に焦点を起き、ケニア農村部の現状と課題を探っていく。





南アジアにおける障害と開発:インド・パキスタン・バングラデシュの比較から

1. はじめに:なぜ今、南アジアの障害情報なのか

2014年の日本による国連障害者権利条約(CRPD)批准以降、国際協力における「障害主流化」の重要性は一層高まっている 。JICAは2020年に各国の障害関連情報のアップデートを実施したが、本稿では研究協力者池田氏が担当したインド、パキスタン、バングラデシュの3か国に焦点を当てる 。これら3国は旧英領インド帝国の法制度を継承しており、制度的な共通点が多い一方で、近年の障害者権利の進展には国ごとの特色が見られる。

2. 障害の定義と統計:可視化される課題

各国の最新の障害者法(バングラデシュ:2013年、インド:2016年、パキスタン:2020年)における障害の定義は、いずれもCRPDの考え方を踏襲しており、機能障害と社会的・環境的障壁の相互作用に着目している

統計上の障害者人口比率は以下の通りである


パキスタンやバングラデシュで比率が高い背景には、近年の調査手法の変化や、女性の障害者人口が男性を上回る傾向(パキスタン:女性8.65%に対し男性7.01%)などが挙げられる

3. 障害者権利条約(CRPD)批准の影響

南アジア諸国は比較的早期にCRPDを批准している(インド・バングラデシュ:2007年、パキスタン:2011年) 。特にパキスタンでは、2010年の憲法改正による地方分権化と、2011年のCRPD批准が同時期に重なった 。これにより、連邦政府に独立した「人権省」が設置され、障害者法を含む人権関連の立法が加速した点は注目に値する

また、司法の場でも変化が見られる。パキスタンでは2013年以降、障害当事者による申し立てを受け、最高裁が公文書での蔑称禁止(2017年)や、精神障害のある服役者への死刑禁止(2021年)を命じるなど、人権保障に向けた司法の役割が強まっている

南アジア諸国のCRPDの署名年と批准年

4. 教育・保健分野の現状とインクルーシブ教育の遅れ

教育分野では、各国とも国家教育政策の中でインクルーシブ教育(IE)への言及を始めている 。しかし、パキスタンにおいては依然として社会福祉関連部局が所管する「特殊教育」が主流であり、通常教育への統合はNGOによるモデル事業にとどまるケースが多い 。政府報告(2019年)においても、IEの実現は途上国では困難であるとの認識が一部に見られ、他国に比べた遅れが指摘されている

保健分野では、パキスタンの「Lady Health Worker(LHW)」による地域レベルの保健活動や、インドの「全国農村保健事業」を通じた早期発見・療育プログラムなど、草の根のネットワークを活用した取り組みが展開されている

インド、パキスタン、バングラデシュの保健・医療・リハビリテーションの制度・政策


5. 新型コロナウイルスがもたらした影響

2021年までの状況として、パンデミックは障害者に深刻な影響を及ぼした

  • インド: 障害者手帳(UDID)不所持者が現金給付を受けられない等の課題が発生した

  • パキスタン: 移動制限による生活必需品へのアクセス困難や、家庭内暴力の増加が報告された

  • 共通課題: オンライン教育や情報提供におけるアクセシビリティの欠如、寄宿舎にいた障害児の帰宅問題などが顕在化した
6. おわりに:障害者運動と国際協力

CRPD第33条が規定するように、障害者権利の実施と監視には「市民社会、特に障害当事者団体(OPDs)」の参画が不可欠である 。インドと比較して、パキスタンやバングラデシュではDPOの政策決定プロセスへの参加が依然として不十分であるとの指摘もある 。今後の国際協力においては、インフラ整備だけでなく、OPDsの能力強化や人権擁護のノウハウ提供といったソフト面の支援がさらに重要となるであろう。 


パキスタンにおける肝炎蔓延の現状と教育現場への影響

  パキスタンは現在、世界で最も肝炎の負担が重い国の一つとされています 。特にB型およびC型肝炎の蔓延は、公衆衛生上の最優先課題となっており、2023年時点で患者数は1,000万人を超えたと推計されています 。2020年には、毎年70万人が陽性と診断されているとの報告があありまし...