2026年7月7日火曜日

ケニアの子どもの権利委員会の総括所見

今回の記事では、10年ほど前の古い情報になってしまいますが、国際的な子どもの権利保障の動向を知る上で重要な資料である、国連児童の権利委員会が発表したケニアに関する総括所見(2016年3月公表)について解説します。なお、同総括所見から8年経過した2024年にケニア政府は政府報告を提出しています。

この資料は、ケニア政府から提出された第3回〜第5回合同定期報告書をもとに、国連が同国の子どもの権利の進展や、今なお残る深刻な課題について分析・勧告を行ったものです

1. ケニアにおける近年の前進と肯定的側面

まず、ケニア政府が近年進めてきた法制度や政策の整備について、委員会はいくつかの肯定的な進展を歓迎しています

  • 国際条約の批准: 2007年に国際養子縁組に関するハーグ条約、2008年に障害者の権利に関する条約をそれぞれ批准しました

  • 国内法の整備: 2010年の憲法改正において「児童の最善の利益を最優先する」ことが明記されたほか、女性器切除(FGM)禁止法(2011年)、最低婚姻年齢を18歳に統一した婚姻法(2014年)、家庭内暴力防止法(2015年)などが相次いで制定されました

  • 政策の策定: 国家児童行動計画(2015-2022年)や、児童の性的搾取に対抗するための行動計画が策定されています

このように、法的枠組みの構築という点では着実な歩みが見られます

2. 今なお残る主要な懸念分野と国連からの勧告

一方で、法律や政策が作られたものの、それが現場で十分に実施されていない、あるいは新たな格差が生まれているといった深刻な課題が多数指摘されています

法律の不一致と地方分権化の課題

2010年の改正憲法と既存の「2001年児童法」などの国内法との間で、整合性(調和化)がまだ完了していません。また、国から地方への分権化(地方分権化改革)が進む中で、地域間でのサービス提供に格差が生じています。教育や社会的保護への予算不足も深刻で、子どもの権利を守るための適切な予算追跡(バジェット・トラッキング)の導入が求められています

根強い差別とアルビノの児童への暴力

女児や障害児、HIV/AIDSに罹患している子ども、難民、ストリートチルドレンなどに対する差別が、政策や実践の場で根強く残っています。また、非公式の司法制度や示談によって「子どもの最善の利益」が無視され、特に性犯罪においてその傾向が顕著です。さらに、呪術的な迷信を背景に、アルビノの児童が体の一部を目的として殺害・人身売買されている凄惨な現状があり、国連は速やかな捜査と保護を強く求めています

出生登録の地域・民族間格差

全体の出生登録数は増加しているものの、農村部や遠隔地、あるいは難民、無国籍者、特定の民族(ヌビア人やマコンデ人など)の子どもたちにおいては、無料かつ普遍的な出生登録がいまだに達成されていません

児童への暴力と有害な伝統的慣習

学校での体罰を禁止する法律はあるものの、家庭や学校現場での体罰は今も広く行われています。さらに、警察による児童への暴力や、家庭内暴力・性暴力の被害者が、社会的偏見(スティグマ)や捜査の遅れによって適切な司法サービスにアクセスできていません。また、法律で禁止されている女性器切除(FGM)や児童婚、性的搾取につながる「ビーディング」などの有害な慣習も継続しています

代替的ケア(児童養護施設)の課題

一国多妻制を認める法律が、男女平等の養育権を損なう要因として挙げられています。さらに、多くの児童養護施設(慈善児童施設)が未登録のまま運営されており、監視が不十分です。国連は、施設への入所を減らし、里親制度など家庭を基盤としたケアを推進するよう勧告しています

障害・保健・福祉と教育の格差

障害児に対する偏見や就学拒否、医療費の経済的負担が課題です。保健分野では、地方分権化の影響や一部の宗教的な反対による予防接種率の低下、地域間(特に乾燥・半乾燥地域)での乳幼児死亡率の格差が懸念されています。 教育現場でも同様に、乾燥地域やスラムにおける就学率・修了率の低さが目立ちます。女児は家事負担や若年妊娠、学校の衛生施設(サニタリー関連)の不足といった壁に直面しており、完全無償の義務教育の徹底が必要です

特別な保護(難民・児童労働・少年司法)

ケニアは多くの難民を受け入れていますが、長期にわたるキャンプ収容政策や、適切な手続きを欠いた送還による家族離散が批判されています。また、武装勢力による子どもの過激化、児童売春や児童労働の広がりも深刻です。特に少年司法においては、刑事責任年齢がいまだ「8歳」と国際基準(一般的に12〜14歳以上)に比べて著しく低く、早期の引き上げと少年司法システムの適正化が急務とされています

まとめ

ケニアは、子どもの権利を守るための先進的な法律を数多く導入してきた一方で、根強い伝統的慣習、地域的・民族的な格差、そして予算や行政システムの不備によって、多くの子どもたちが権利の侵害に苦しんでいる現状が浮き彫りになりました

「法を整備すること」と「それを実効性のあるものにすること」の間にある大きなギャップをどう埋めていくのか、今後のケニア政府の具体的な施策が注目されます

参考文献 

United Nations. (2016). Concluding observations on the combined third to fifth periodic reports of Kenya (CRC/C/KEN/CO/3-5). Committee on the Rights of the Child.

2026年7月5日日曜日

日本比較教育学会第62回大会@京都

立命館大学衣笠キャンパスにおいて、2026年7月3日(金)から5日(日)まで、第62回比較教育学会が開催されました。

本研究代表である高柳妙子氏(長崎大学)がラウンドテーブルの座長を務め、分担者の日下部達哉氏(広島大学)、藤崎竜一氏(帝京大学)、協力者の服部拓磨氏(広島大学博士課程)、帝京大学の下山多映氏がが登壇しました。

同学会では、10のラウンドテーブル(RT)が同時並列して行われました。全体としてどんなテーマが集まっているのか、その傾向をブログ向けに分かりやすく3つのポイントでまとめます。

1. 世界の「いま」起きている大問題に、教育でどう向き合うか?

ニュースなどで目にする世界の大問題や社会の不安に、真正面から向き合おうとする企画がたくさんありました。 例えば、カンボジアとタイの国境で起きた紛争が子どもたちの学びにどう影響しているか(RT3)、ふるさとを追われた難民や避難民の子どもたちを学校にどう迎え入れるか(RT4)といった、とても切実なテーマが並んでいます。また、中国、インド、ブラジルを舞台に「子どもの貧困」にどう立ち向かうかを考える企画(RT5)もあり、世界が直面する痛みに教育がどう関われるかを熱く議論します

2. 「これまでの当たり前」を疑ってみる、学びほぐしの挑戦

「いままでの教育のやり方や研究の進め方のままでいいの?」と、根本から問い直すユニークな企画も目立ちます。 生成AIの登場や気候変動など、激変する時代を生きるために必要な「アンラーニング(これまでの常識を学びほぐすこと)」(RT7)や、欧米中心ではない新しい視点で世界を見る「脱植民地化」(RT6)の議論がそれにあたります。さらに、いろんな国の学生たちの声をあつめて、これからの新しい「平和教育」のカタチをみんなで描こうとする試み(RT9)も、とてもワクワクする挑戦です

3. 世界の「理想(ルール)」と「現場(リアル)」のあいだを比べる

世界の国々で、教育のアイデアや新しい教科がどのようにリアルな現場で受け入れられているかを、じっくり見比べる企画です。 「子どもが主役の幼児教育」という世界的なブームがアジアやアフリカの現場でどうなっているか(RT1)、学校を飛び出して地域や伝統ともつながる理数・IT(STEAM)教育の姿(RT2)、異文化を理解するための教科書のアイデアをどう大学や先生の研修に活かすか(RT8)、そして日本でもおなじみの「総合的な学習の時間」がアジアの近隣諸国でどう進化しているか(RT10)など、世界の教育の「リアルな今」がたっぷり詰まっています

私たちのラウンドテーブルのテーマ

RT2:アジアにおける学校内外でのSTEAM教育の交差

-キルギスタン、パキスタン、日本の事例比較-






発表者への質問と回答

服部氏

質問:パキスタンの特性は何か?

回答:雇用率が低い、インフレが高い中、給与が圧倒的に低い、その中でドル払いなどで給与が支払われるのはありがたい。

下山氏

質問:この教育法が行動変容を起こすか?

回答:今後、別の実験を考えている;シミュレーション用人体人形をおいておいて、学生たちは自分たちで心臓マッサージなど、積極的に練習に取り組むかを調べる。

藤崎氏

質問:世界に出していけるエビデンスとなりうるか?

回答:伝統医療の方法がキルギスやパキスタンでは高等教育機関で教えられている、これを科学的に証明するこちにより、さらに外部へ情報を共有し、世界レベルで通用する知識となっていくのではないか。

2026年7月2日木曜日

インドネシアの子どもの権利委員会の総括所見

 今回は、国連の「子どもの権利委員会(Committee on the Rights of the Child)」が採択した、インドネシアに関する包括的所見(Concluding observations)についての文献レビューをご紹介します

この報告書は、インドネシア政府から提出された第5回および第6回の合同定期報告書を受け、2025年5月に開催された会合での審議を経て採択されたものです 。委員会は同国のこれまでの取り組みを評価しつつも、依然として残る多くの課題に対して、緊急かつ具体的な措置を講じるよう強く勧告しています

委員会が示した主要な指摘と勧告の要点は以下の通りです。

1. 法整備と実施体制の強化

子どもの権利を守るための法的・組織的な基盤について、以下の点が指摘されています

  • 国内法の整合性: 2023年刑法(Law No. 1/2023)を早急に改正し、思春期の若者が性・生殖に関する健康情報を適切に得られるよう妨げとなっている条文の撤廃や、性暴力の被害児が速やかに人工妊娠中絶にアクセスできる環境を整えることが求められています

  • 調整機能と資源配分: 女性エンパワーメント・児童保護省に十分な権限と予算を与え、分野横断的および地方レベルでの児童の権利の実施を統括させるべきだとされています 。また、社会的保護や教育、保健、水道衛生の分野へ積極的な予算配分(特に東部地域への傾斜配分)が促されています

  • 独立した監視機関: インドネシア児童保護委員会(KPAI)の権限が限定的で調査権を持たない現状が指摘され、子どもからの苦情を調査・処理できるよう機能を強化することが強く求められています

2. 一般原則(非差別、子どもの最善の利益など)

子どもたちの基本的人権を守る上での根本的な原則について、地域格差などの課題が挙げられています

  • 地域格差の we 是正: インドネシア東部地域(パプア州や東ヌサ・テンガラ州など)の子どもたちが、西部地域に比べて質の高い医療、教育、衛生、社会的サービスへのアクセスにおいて深刻な格差に直面していることに強い懸念が示され、早急な是正が促されています

  • 子どもの最善の利益: 養子縁組や親権の決定、離婚手続きにおける子どもの親権判断が、「子どもの最善の利益」ではなく、しばしば宗教や子どもの年齢を基準に判断されている現状に懸念が示されています

3. 暴力からの保護および有害な慣行の根絶

子どもを暴力や古い慣習から守るための対策も急務とされています

  • 性暴力への対応: 2022年の性暴力犯罪法(Law No. 12/2022)の完全な実施に必要な派生規則(施行令など)の未策定分を迅速に採択し、被害児の回復・社会復帰を追跡できるケースマネジメントシステム(オンライン情報システム)を強化するよう勧告されています

  • 児童婚と女性器切除(FGM): 児童婚の最低年齢が19歳に引き上げられたものの、一部の州では依然として高い割合で推移しており、婚姻免除(dispensation)の申請増加や慣習が取り組みを阻害しています 。また、医療従事者への禁止措置にもかかわらず広く行われている女性器切除を完全に根絶するため、罰則を含むロードマップを大統領令として採択することなどが求められています

4. 障害児への配慮

障害を持つ子どもたちが置かれている深刻な状況への対策も盛り込まれています

  • パスン(監禁・拘束慣行)の根絶: 1977年から禁止されているにもかかわらず、家族や地域、施設において今なお続いている「パスン(Pasung:鎖や木枠による監禁・拘束)」を完全に撲滅するため、厳格な法執行や意識改革キャンペーンを行うよう求めています

  • 脱施設化と貧困対策: 障害児の施設収容が増加している傾向に懸念が示され、家族との同居を可能にする在宅の専門的支援を提供することや、健常児に比べて高いスタウンティング(発育阻害)や貧困率に対処するため、社会的保護制度を障害に対応したものにすることが勧告されています

5. 健康、教育、および特別保護措置

子どもの日々の健康や教育、そして司法制度についても具体的な提言がなされています

  • 保健・栄養: パプア州における乳幼児や妊産婦の高い死亡率への対策や、マルク州や東ヌサ・テンガラ州など東部地域での深刻な「ウェイスティング(急性栄養不良によるやせ)」への栄養支援が求められる一方で、学齢期・思春期の子どもの肥満増加への規制も求められています

  • 教育の質と包摂: 予算全体の最低20%を教育に充てる憲法上の規定を評価しつつも、デジタル格差の解消や、障害児が主流派の学校で学べる包括的教育(インクルーシブ教育)の推進を急ぐよう提言されています

  • 司法と条約の批准: 刑事責任を問われる年齢を少なくとも14歳へと引き上げることや、児童の権利条約の「通報手続きに関する選択議定書」の批准が強く勧告されています

参考文献

  • United Nations Committee on the Rights of the Child. (2025). Concluding observations on the combined fifth and sixth periodic reports of Indonesia (CRC/C/IDN/CO/5-6*). https://undocs.org/CRC/C/IDN/CO/5-6

ケニアの子どもの権利委員会の総括所見

今回の記事では、10年ほど前の古い情報になってしまいますが、国際的な子どもの権利保障の動向を知る上で重要な資料である、国連児童の権利委員会が発表した ケニアに関する総括所見(2016年3月公表) について解説します 。なお、同総括所見から8年経過した 2024年にケニア政府は政府...