少し古い文献ですが、インドにおける子どもの廃棄物回収労働者の健康リスクに関する文献を紹介します。
1. 背景:オープン・ダンプ(野積み処分場)がもたらす危機
開発途上国では、自治体によるごみの回収率が25〜55%にとどまるケースが少なくありません
こうした状況のなか、最も過酷で、かつ社会的に見えにくくなっているのが、ごみの中から換金可能なプラスチックや金属を集めて生計を立てる「ウェスト・ピッカー(廃棄物回収労働者)」と呼ばれる人々です
2. 子どもの身体を脅かす「健康ハザード」
子どもたちがごみ拾いを行う現場には、大人の想像を超える多面的な危険(ハザード)が潜んでいます
職業的・環境的リスク
感染症の脅威: ごみに含まれる糞便からの経口感染や、生ごみの腐敗による食中毒・胃腸障害のリスクが常にあります
。 有害物質への暴露: 未分別の医療廃棄物(注射針や包帯)や産業廃棄物(重金属など)に日常的にさらされています
。 怪我や動物の襲撃: 鋭利な破片による切り傷から破傷風を発症したり、ごみをめぐって野良犬に噛まれ、狂犬病の脅威にさらされたりすることもあります
。
子どもだからこそ高まる脆弱性
知識の不足: 危険な素材を正しく識別・回避する判断力が大人に比べて未熟です
。 身体的特徴: 呼吸数が早いため有害ガスを吸い込みやすく、皮膚が薄いため化学物質を吸収しやすい特徴があります
。さらに骨格が未発達な時期に重い荷物を運ぶため、骨格障害のリスクも高まります 。
3. 調査結果:非労働者の子どもとの比較で見えた「2.5倍の病気リスク」
本論文では、現地のNGOと協力し、バンガロールのインフォーマル定住地に暮らす4〜15歳の子ども100名を対象に、医師による健康診断とインタビューを行いました
社会経済的な背景
廃棄物回収を行う子どもたちの家庭は、同じ地域に暮らす他の家庭と比べても著しく貧しいことが分かりました
顕著な健康格差
統計分析の結果、住環境や栄養状態の違いを考慮しても、廃棄物回収を行う子どもは、そうでない子どもに比べて2.5倍も病気にかかりやすいことが証明されました
具体的には、以下のような症状が顕著にみられています。
4. 子どもたちの本音と社会的な壁
子どもたちは週7日、毎日平均5時間働き、約10ルピー(当時の通貨価値)の収入を得ていました
大半の子どもは手袋をせず、木の棒などでごみを分別しています
インタビューでは、半数以上の子どもがこの仕事を「悪いこと」と捉えており、「本当は勉強がしたい」「将来もこの仕事を続けたいわけではない」と、本音を漏らしています
5. 展望:子どもたちを社会的に救うための3つのアプローチ
この研究は、子どもの廃棄物回収労働が、貧困家庭における過酷な「生存戦略」として定着してしまっている実態を告発しています
短期的な対策(即時的な保護)
まずは目の前の危険から守るため、手袋や靴、適切な分別ツールの支給、および破傷風ワクチンの接種を早急に行うこと 。 中期的な対策(環境改善)
医療・産業廃棄物の分別・処分体制を徹底し、子どもたちが暮らす居住地域のインフラや生活環境を底上げすること 。 長期的な対策(構造的変革)
このインフォーマルな労働セクターをフォーマル化(公式化)し、労働者としての権利と保護を与えること 。そして、親(特に母親)の雇用を安定させることで、子どもをごみ拾い労働から完全に解放し、教育の機会(自由)を保障すること 。
環境問題の裏側には、常に社会の不平等と子どもたちの犠牲が存在しています。単にごみを減らすだけでなく、それを支える人々の雇用環境や、構造的な貧困にアプローチしていくことが、国際開発やグローバル教育の現場において極めて重要な課題であると言えます。
参考文献
Hunt, C. (1996). Child waste pickers in India - the occupation and its health risks. Environment and Urbanization, 8(2), 111-118.