2026年5月25日月曜日

パキスタンにおける眼疾患の現状と就学保障

 パキスタンにおいて、子どもたちの視覚障害や眼疾患は、単なる健康問題に留まらず、学習機会の喪失や将来の経済的困難に直結する深刻な社会課題となっています 。本記事では、近年の文献レビューに基づき、同国における屈折異常の現状、トラコーマ撲滅の成功例、そしてデジタル技術を用いた新たなスクリーニングの可能性について詳しく解説します。


1. 蔓延する屈折異常と教育への深刻な影響

パキスタンでは、近視、遠視、乱視といった「屈折異常」が、子どもから高齢者まで幅広く認められる主要な課題です

  • 受診者の高い割合: KP州アボタバードのアユーブ教育病院の調査では、受診者の約73.6%に何らかの屈折異常が認められました 。特に若年層では、読書やコンピュータ使用などの近業(近くを見る作業)の増加が近視に拍車をかけていると指摘されています

  • 脆弱な立場にある子どもたちの現状: ペシャワールの特別支援学校での調査によれば、17.3%の児童に屈折異常があったものの、実際に眼鏡で矯正していたのはわずか4.0%でした

  • 教育への悪影響: 視力の問題が放置されることは、性格形成や学習能力、学校生活への適応に悪影響を及ぼし、結果として教育の機会を奪う要因となります

2. 小児における主要疾患と医療アクセスの格差

カラチの三次眼科施設における5年間のデータ(2015-2019年)から、小児特有の傾向が見えてきます

  • 主な疾患: 受診理由として最も多いのは結膜炎(32.67%)で、次いで屈折異常(20.08%)、斜視(14.7%)でした

  • 医療インフラのミスマッチ: これらの疾患の約60%は本来、地域レベルの一次医療施設で対応可能な「単純な問題」ですが、診断体制の不備により三次病院(大病院)に患者が集中してしまっています

  • ジェンダー格差: 受診者の55%以上を男子が占めており、女子の医療アクセスにおける格差が示唆されています

3. トラコーマの撲滅:衛生環境と「WASH大使」の役割

大きな成果として、パキスタンは2024年に、失明の主要原因である感染症「トラコーマ」の公衆衛生上の撲滅をWHO(世界保健機関)により認定されました

  • 「撲滅」の定義: ここでの「撲滅(Elimination)」は、患者がゼロになる「根絶(Eradication)」とは異なり、国の公衆衛生を脅かす規模ではないレベルまで抑制されたことを意味します

  • 成功の鍵: 水・衛生(WASH)環境の改善に加え、学童を「WASH大使」として活用した戦略が功を奏しました

  • 行動変容の主体としての児童: 子どもたちが家庭で手洗いや洗顔を促す「変化の主体」となったことで、地域全体の行動変容が促進され、健康改善のみならず学校の出席率向上という教育面の効果も生み出しました

4. デジタルスクリーニングの可能性と「受診」の壁

パンジャーブ州では、スマートフォンアプリ「Peek」を用いた大規模な視力スクリーニングが実施されました

  • 精度の高い診断: 約15万人を対象とした調査で、このアプリが高い診断精度で眼疾患を特定できることが証明されました

  • 残された障壁: 異常が見つかり受診を勧められた子どものうち、実際に受診したのは47.1%に留まりました 。保護者の認識不足、施設への距離、経済的負担が、子どもたちの視力回復を阻む大きな壁となっています

今後の展望と提言

文献レビューの結果から、パキスタンにおける子どもの健康と就学の質を向上させるため、以下の3点が提言されています

  1. 早期診断と学校ベースの介入: 斜視に伴う弱視などは早期発見で永続的な視力喪失を防げます。学校やマドラッサーでの視力検診の義務化が必要です

  2. 一次医療と紹介システムの強化: 地域レベルで検眼士やオルソプティストが活躍できる体制を整え、三次病院の負担を軽減する必要があります

  3. 包括的なWASH教育: トラコーマ撲滅の成功体験を活かし、衛生教育をカリキュラムに恒久的に組み込むべきです

参考文献

  • Saleem, B., et al. (2021). Prevalence of refractive errors among the children of Special Education Complex, Peshawar. Journal of Gandhara Medical and Dental Science, 5(1).

  • Aman, S., et al. (2025). Implementation outcomes of a school-based visual screening program using the peek tool in low-resource settings in Pakistan. BMC Public Health, 25, 4120.

  • Khan, A. A., et al. (2025). Field notes: Children as WASH ambassadors—Insights from Pakistan’s trachoma elimination programme. PLoS Neglected Tropical Diseases, 19(12).

  • Zahir, K. K., et al. (2023). Frequency of Amblyopia in strabismus patients presenting to tertiary care hospital. Romanian Journal of Ophthalmology, 67(1).

  • Wazir, J. F., et al. (2023). Distribution Pattern of Trachoma in Pakistan and Monitoring the Effects of Water Availability upon Disease prevalence. Pakistan Journal of Medical & Health Sciences, 17(06).

  • Khan, A. A., et al. (2020). Prevalence of trachoma in Pakistan: results of 42 population-based prevalence surveys from the Global Trachoma Mapping Project. Ophthalmic Epidemiology, 27(2).

  • Bukhari, S., et al. (2022). Five years’ retrospective analysis of childhood ocular morbidities. Pakistan Journal of Medical Sciences, 38(6).

  • Sirang, Z., et al. (2019). Types of refractive errors in northern Pakistan: a hospital-based survey. Ophthalmology Journal, 4(2). 

2026年5月24日日曜日

伝統医学が支える子どもの健康:パキスタン・ハリプール地区の事例から

 教育の機会を保障するためには、まず子どもたちが健康であり続けることが不可欠です。しかし、医療インフラが限られた地域では、日常的な疾患が欠席や学習の遅れにつながることも少なくありません。

今回は、2023年に発表されたパキスタン、カイバル・パフトゥンクワ(KP)州ハリプール地区における民族植物学的調査 をもとに、地域に根ざした植物利用がどのように子どもたちの健康、ひいては学びを支えているのかを考察します。

1. ハリプール地区における薬用植物の多様性

2018年から2020年にかけて行われた調査では、この地域に50科74属80種の薬用植物が存在することが確認されました 。これらの植物は、地元の人々(農民、牧畜業者、伝統的治療師など)によって、人間だけでなく家畜のヘルスケアにも広く活用されています

特に注目すべきは、利用される植物の形態や部位の多様性です。

  • 植物の種類: 草本(33種)を中心に、高木(24種)、低木(21種)、つる植物(2種)と多岐にわたります

  • 利用部位: 最も頻繁に利用されるのは「葉(46%)」です 。これは採集が容易であることに加え、植物の有効成分である二次代謝産物が蓄積されやすいためと考えられています

  • 調製方法: 煎じ薬や茶(22例)として摂取するのが一般的ですが、粉末(20例)やペースト(14例)、あるいは直接摂取(12例)されることもあります



2. 子どもの健康を支える具体的な植物

子どもが学校に通い続けるためには、風邪や消化器疾患といった身近な病気への早期対応が重要です。本調査では、子どもがかかりやすい疾患に対して以下の植物が利用されていることが報告されています

  • 喉の感染症・咳・扁桃炎:

    • Morus nigra(クロミグワ): 高い利用価値(UV)を持つ植物として挙げられています

    • Althaea officinalis(ウスベニタチアオイ): 一般的な呼吸器症状の治療に用いられます

これらの植物は、地域で手に入る安価で迅速な「家庭の医学」として、子どもたちの病状悪化を防ぎ、通学を支えるセーフティネットの役割を果たしています。

3. 迫りくる伝統知識の消失という課題

本研究が警鐘を鳴らしているのは、こうした貴重な知識の「伝承の断絶」です。

  • 知識保持者の偏り: 伝統的な治療知識を持つ人の多くは40歳以上の年長者であり、30歳未満の若年層で知識を保持しているのはわずか6.2%にとどまっています

  • 背景: 現代化や西洋医学の普及、生活様式の変化により、若い世代の間で伝統的治療法への関心や信頼が薄れている現状があります

4. 結論:持続可能な教育とヘルスケアのために

ハリプール地区における野生植物の利用は、単なる古い慣習ではなく、地域コミュニティにとって重要なヘルスケアシステムとして機能しています

子どもの就学を保障するためには、高度な医療アクセスの整備と並行して、地域に存在するこうした伝統知識を再評価し、科学的に検証しながら次世代へつないでいくことが重要です。知識が失われることは、地域が持つ自律的な健康管理能力を失うことと同義であり、それは結果として子どもたちの学習環境の不安定化を招く恐れがあるからです。

参考文献 

Siddique, Z., et al. (2023). "Herbal medicinal uses and their practices in human health care and livestock from district Haripur, Khyber Pakhtunkhwa, Pakistan." Veterinary Medicine and Science, 9(1), 470–487. 

地域に根ざした健康維持と教育の継続:パキスタンにおける伝統薬用植物の役割

 パキスタンの南ワジリスターン地方、ラダ(Ladha)地区を対象とした文献(2016)から、子どもたちの健康維持と、それがもたらす就学保障の可能性について考察します



1. 伝統的な知恵が支える「学び」の基盤

開発途上地域の多くでは、経済的な困窮や近代的な医療施設の不足により、日常的な疾患が原因で子どもたちが学校を休まざるを得ない状況があります 。本調査が行われた地域でも、住民は一次診療を伝統的なハーブ療法に強く依存しており、身近にある植物が子どもたちの通学を支える重要な保健リソースとなっています

2. 子どもの通学を妨げる疾患への具体的処方

子どもたちが元気に登校し続けるためには、消化器系や呼吸器系のトラブルへの迅速な対応が欠かせません。文献では、以下のような具体的な植物利用が記録されています

対象疾患

利用される
植物
調理・利用方法

便秘


アオゲイトウ
Amaranthus viridis
葉と種子の粉末に、半量の砂糖を混ぜ、紅茶と共に1日3回服用


下痢・
胃腸疾患

カタバミ
Oxalis corniculata
新鮮な葉をそのまま食べることで治療



(呼吸器疾患)

ヘラオオバコ
Plantago lanceolata
葉から作られた濃いシロップを服用



寄生虫・
血液浄化
メギの一種
Berberis lycium
根を煎じた薬(デコクション)を下剤や浄血剤として利用

これらの処方は、胃腸疾患や呼吸器疾患(全体の約18%以上を占める主要な疾患群)に対して直接的なケアを提供しており、病欠による学習の遅れを防ぐ一助となっていると考えられます

3. 多様な薬用資源の活用状況

本調査では、42科82種の薬用植物が特定されました

  • 利用部位の割合: 最も多いのは「葉(24%)」で、次いで「果実(18%)」、「植物全体(18%)」、「種子(12%)」の順に利用されています

  • 利用価値の高い植物: Peganum harmala(UV=0.93)やザクロ(Punica granatum、UV=0.91)などが、地域で極めて高く評価されています

4. 伝統的知識の消失という課題

現在、この貴重な知識は危機に瀕しています。近代教育の普及や西洋医学の導入、さらに若年層の関心低下により、読み書きのできない高齢者や伝統的治療師(ハキーム)が持つ深い知恵が次世代に引き継がれにくくなっています

教育を受けた若い世代ほどこれらの知識に疎いという傾向は、一見、近代化の進展に見えますが、適切な代替医療アクセスが確保されないまま伝統知が失われることは、地域の子どもたちのセーフティネットを弱めることにも繋がりかねません

5. まとめ:持続可能な保健と教育に向けて

本調査は、伝統的な薬理学的知恵を単なる「過去の習慣」とするのではなく、その有効性や毒性を科学的に検証し、保全していく必要性を強調しています

地域に根ざした植物利用の知識を守ることは、生物多様性の保全のみならず、安価でアクセス可能なヘルスケアを維持し、結果として子どもたちが継続して学びの場に参加できる環境を守ることにも直結するのです

参考文献 

Aziz, M.A., Adnan, M., Khan, A.H. et al. (2016). Ethno-medicinal survey of important plants practiced by indigenous community at Ladha subdivision, South Waziristan agency, Pakistan. J Ethnobiology Ethnomedicine 12, 53.

パキスタンにおける眼疾患の現状と就学保障

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