2026年9月23日水曜日

パキスタンにおけるSight Saversの取り組みと学校保健の課題

「通う権利」の前に横たわる「学べる健康状態」の壁
 低中所得国における教育支援では、「学校建設」や「就学率」に焦点が当たりがちです。しかし、パキスタンには約2,620万人という世界最大規模の未就学児が存在する一方で、せっかく入学しても途中で学習を断念してしまう子どもたちが後を絶ちません。

その大きな要因の一つが「子どもたちの健康問題(身体的・心理的健康)」です。「黒板が見えない」「めまいや頭痛がする」「暴力やいじめの恐怖で登校できない」といった健康・安全上の課題は、子どもから「学ぶ機会」を静かに奪っていきます。

本記事では、パキスタンで1985年から活動を続ける国際NGO Sight Savers の眼保健・インクルーシブ教育の取り組みと、現場の実態調査から見えてきた「健康保障としての学校環境」の重要性について考察します。


視力ケアから始まる就学保障:Sight Saversの「学校スクリーニング」
パキスタンでは、約2,100万人が何らかの視力障害を抱えており、白内障や屈折異常(近視・遠視・乱視)が主な原因となっています。子どもたちにとって、視力の低下は単なる「見えにくさ」にとどまらず、学力低下や登校拒否、最終的には中途退学へ直結する重大なリスクです。
Sight Saversによる「眼保健」を通じた就学支援のモデル
教員を対象としたスクリーニング研修
医療アクセスが限られる地域において、日常的に児童と接する教員が「最初の検査官」となるトレーニングを提供。

適切な医療アプローチと眼鏡の無償提供
視力障害が判明した児童には、適切な処方や屈折矯正(眼鏡支給)、必要に応じた医療機関へのリファー(紹介)を実施。

成果の実証
12歳の少女ファリャル(Faryal)さんは、視力の不調によるめまいに悩み学習に遅れをとっていましたが、眼鏡の支給を受けて症状が改善し、授業に集中的に取り組めるようになりました。

このように、「適切なヘルスケア」を提供することこそが、子どもの就学・学習継続を物理的に保障する第一歩となります。

「身体的健康」と「心の安全」を脅かす学校現場の現実
しかし、視力などの身体的ケアを行うだけでは、子どもたちの継続的な就学を支えることはできません。Sight Saversが主導したパンジャーブ州およびKP州での調査(FCDO支援GOALイニシアティブの一環)によると、子どもたちの「心身の健康と安全」を脅かす現場課題が明らかになりました。

健康・安全の阻害要因現場の実態と子どもたちへの影響
体罰による身体的・精神的苦痛法律上の体罰禁止にもかかわらず現場では横行。慢性的な恐怖心や不安が学習意欲を減退させている。
環境保健(WASH)の不備特に女児において、鍵のない不衛生なトイレや給水設備の不足が生理・衛生管理を困難にし、欠席につながる。
障害・経済的困難に伴うストレス障害児や貧困層の児童に対するいじめ、偏見、放置(ネグレクト)が目立ち、精神的な孤立を引き起こしている。

身体的苦痛や精神的ストレス(恐怖・不安)が慢性化すると、子どもの認知機能や自己肯定感が低下し、最終的に「学校に行かなくなる」という選択につながります。つまり、セーフガーディング(安全擁護)の欠如は、直接的な「健康被害」であり「学習損失」であると言えます。

まとめ
子どもが学校の門をくぐるだけでは、教育が成立したとは言えません。「よく見え、健康であり、暴力を恐れずに過ごせる環境」が整って初めて、子どもたちは教室で自らの可能性を開花させることができます。

Sight Saversの活動が示しているのは、単なる医療支援ではなく、「健康を媒介とした教育権の保障」に他なりません。パキスタンの教育危機を乗り越えるためには、教育行政と保健・保護行政が緊密に連携し、「健やかに学べる学校づくり」を推進することが急務です。


2026年9月16日水曜日

感染症アウトブレイクと就学保障

子どもたちが継続的に学校へ通い、質の高い教育を受ける「就学保障」を考えるうえで、見落としてはならない要素が「子どもたちの健康管理」です。

現在、パキスタンのKP州では、デング熱やチクングニア熱といった蚊媒介感染症が猛威を振るっています。発熱や激しい関節痛を引き起こすこれらの感染症は、子どもたちの健康を直接脅かすだけでなく、長期間の不登校や学習遅延(Learning Loss)を引き起こし、学びの機会を奪う大きな要因となります。

本記事では、同州での感染症流行の現状に関する報道を分析し、子どもたちの就学権を保障するために学校や地域社会が果たすべき役割について考察します。


1. 感染症流行がもたらす「就学へのリスク」

パキスタンの地元紙『DAWN』の報道によると、KP州ではデング熱とチクングニア熱の感染リスクが急速に高まっています。

  1. 広域にわたる感染拡大(デング熱)

    KP州では1週間で98件のデング熱感染が確認され、ペシャワールやコーハトなどの主要都市を中心に累計581件の感染が確定しています(KP records 98 dengue cases in a week)。デング熱は高熱や倦怠感を伴い、児童・生徒の長期間の通学離脱につながります。

  2. チクングニア熱のアウトブレイクと後遺症リスク

    ノウシェラ地区ではチクングニア熱の集団発生が確認され、保健当局がアクティブ・ケース・ファインディング(症例検索)を開始しています(Health dept springs into action after chikungunya outbreak in KP's Nowshera)。チクングニア熱は、激しい関節痛が数週間から数ヶ月続く場合があり、回復後も「登校したくても体が痛んで通学できない」という二次的な就学阻害要因を生み出します。

  3. 地域・家庭環境と教育格差

    今回の発生地域の一つである中流・低所得層が多く住むエリアでは、浅い排水溝や水溜まりなど蚊が繁殖しやすい環境が課題とされています(Preventive efforts intensified as Nowshera records more chikungunya cases)。居住・衛生環境の格差が直接的に感染リスクの格差となり、それがそのまま「就学機会の格差」へと直結する構造が浮かび上がります。

2. 「就学保障」の観点から見た健康リスクの捉え方

子どもが病気によって学校に通えなくなる事態は、単なる個人や家庭の「健康問題」にとどまりません。就学保障の観点からは、以下の3つの問題が生じます。

  • 学習の断絶(Disruption of Learning):

    流行期(8月〜10月)に感染することで、数日〜数週間の登校不可が生じ、学校の定期試験や日々の授業から取り残されるリスク。

  • 経済・社会的事情による更なる登校制限:

    保護者や家族が感染・重症化した際、子どもが家事やケア労働(家族の介護)を担うことになり、結果として学校を休まざるを得なくなるケース。

  • 学習意欲の低下と中退リスク:

    体調不良に伴う不登校が長期化することで、授業についていけなくなり、最終的に退学や早期離学につながる危険性。

3. 子どもたちの「学びと健康」を同時に守るための処方箋

子どもたちの就学を保障するためには、医療機関や保健当局に頼るだけでなく、学校教育現場が主体となって健康保障システムを構築することが必要です。

① 通学・校内環境の整備による「安全な学び場」の確保

学校施設内での感染を未然に防ぐため、校内の幼虫駆除(水溜まりの除去)や衛生環境の改善を徹底します。「学校にいけば感染予防ができる」という安心安全な環境を作ることが、就学の継続性を保つ第一歩です。

② 柔軟な学習支援体制(教育の継続性保障)

感染や体調不良で登校できない生徒に対して、以下のような学習補償施策を用意しておく必要があります。

  • 療養中のプリント配布やオンライン教材の活用

  • 復帰後の補習・キャッチアップ指導の標準化

  • 欠席期間中の出席扱いなど、制度的なフレキシビリティの確保

③ アウトリーチと家庭への意識啓発(Community Engagement)

地域のヘルスワーカーや学校が連携し、水溜まり防止などの予防知識を家庭に届ける活動が必要です。家庭内での感染を減らすことが、結果として子どもの不登校を防ぐことにつながります。

まとめ

子どもの「教育を受ける権利」を守ることは、単に学校の門戸を開いておくだけでは不十分です。感染症等の健康リスクから子どもを守り、万が一病気になっても学びを諦めずに済む「セーフティネット」を構築して初めて、真の就学保障が実現します。

地域社会、保健行政、そして教育現場が一体となり、「健康という基盤」から子どもたちの未来を支えていくことが求められています。

参考文献

2026年9月14日月曜日

パキスタン:学校現場における「体育・スポーツ」の役割と未来

 子どもたちが学校に通い、日々の学習や学校生活にしっかりと参加するためには何が必要でしょうか。学力や学習環境はもちろん大切ですが、そのすべての基盤となるのが「就学を保障する健康」です。

子どもたちが元気に学校へ通い、授業に集中して豊かな学びを得るためには、身体的・精神的な健康が不可欠です。そして、その健康を維持・促進するうえで極めて重要な役割を果たしているのが「体育授業(PE)」や「学校でのスポーツ活動」です。

今回は、パキスタンやアーザード・ジャンム・カシミール(AJ&K)地域を対象とした最新の研究論文3本と、現地での実践的な政策ニュースをもとに、学校体育が持つ可能性と、そこから見えてくる課題について考えてみたいと思います。


1. 体育活動が子どもたちにもたらす「心身の健康と学び」への効果

子どもにとって体育やスポーツは、単なる「息抜き」や「遊ぶ時間」ではありません。研究成果からは、健康の保持だけでなく、学業や社会性の発達に直面する様々なポジティブな効果が報告されています。

  • 身体的健康の保持と病気予防:定期的な運動は、肥満や糖尿病、心血管疾患といった生活習慣病のリスクを低下させ、免疫力を高めます。

  • 精神面・メンタルヘルスの改善:運動はストレスや不安、抑うつ感を軽減し、自己肯定感を育みます。

  • 認知機能と学習意欲の向上:適切な身体活動は脳機能を活性化させ、授業への集中力、時間管理能力、認知機能・意思決定能力を高めるため、結果として学業成就にも良い影響を与えます。

  • 社会的スキルの育成:チームスポーツや集団での運動を通して、協調性、忍耐力、リーダーシップなどのライフスキルが身につきます。

このように、体育は子どもたちが元気に通学し、安心して学びに向かうための「健康」という土台を築く重要な役割を担っています。

2. 現場が直面する現実:インフラ・指導者・意識の「3つの不足」

しかし、実際の教育現場では体育の重要性が十分に活かされていない現状があります。研究論文では、特に以下の課題が浮き彫りになっています。

① 施設・用具の深刻な不足

多くの学校で専用の運動場や体育館、衛生的な更衣室、十分な体育用具が不足しています。中には朝会での軽いジャンプや走行程度しか行えず、体系的な授業が実施できていないケースもあります。また、質の高いスポーツ施設の不足は、学生のモチベーション低下やパフォーマンスの伸び悩みにもつながっています。

② 専門教員の不在とカリキュラムの形骸化

初等・中等教育において体育専任教員(PET)が配置されていないケースが多く、専門的な知識を持たない一般教員が多忙な中で担当している実態があります。また、体育が必修ではなく選択科目扱いにされていたり、明確な指導要領が欠けていたりするため、単なる「構造化されていない自由時間(PTクラス)」化してしまう課題も指摘されています。

③ 学歴偏重・受験中心の社会的風潮

「運動は時間の無駄」「ペーパーテストの勉強こそが最優先」といった学歴偏重の価値観(マクロシステムの問題)が根強く、学校予算や政策面で体育活動が後回しにされがちです。

ジェンダーによる機会の格差にも注目

カレッジレベルの体育教師を対象とした調査(Shaheen et al., 2026)では、特に女子生徒におけるスポーツ資源へのアクセス不足が指摘されています。女子アスリート向けの施設整備や安全な機会の確保が不十分であることが、運動へのエンゲージメント低下を招いている要因の一つです。

3. 「健康と学びの保障」に向けた具体的な取り組みと未来への提言

こうした課題に対し、行政や現場レベルでの変化も始まっています。

例えば、パキスタン・パンジャーブ州政府やラホール教育委員会の取り組みでは、公立校でのスポーツ本格復活を目指し、多様な競技プログラムの導入やスポーツ用具の無償支給、賞金付き大規模大会の開催といった包括的な支援策が推進されています。こうした予算配分やインフラの整備は、子どもたちの参加意欲を高める大きな後押しとなります。

論文の提言をまとめると、「就学を保障する健康」を確立するためには以下の施策が不可欠です。

  1. インフラの継続的な維持・整備とジェンダー平等の確保:すべての児童・生徒(特に女子)が安全・衛生的に利用できる運動場や用具を確保すること。

  2. 専門教員の配置と教員研修の充実:体育の専門資格を持つ指導者を配置し、適切な指導法や安全管理の研修を提供すること。

  3. カリキュラムの必修化と体系化:体育を単なる課外活動ではなく、子どもの総合的発達に不可欠な必修科目として位置づけ、十分な授業時間を確保すること。

  4. 社会的な意識改革:保護者や学校管理者、政策立案者に対して、運動が学業や健康に与える正の影響を周知し、学校全体で子どもたちの身体活動を支える仕組みを作ること。

おわりに

子どもたちが毎日健やかに学校へ通い、豊かに成長していくためには、「健康」という土台が欠かせません。体育やスポーツ活動は、その土台をしっかり支える強力な手段です。

単なる「運動の時間」にとどまらず、子どもたちの「就学と学びを保障するセーフティネット」としての体育の価値を再評価し、ハード・ソフト両面からの支援を広げていくことが求められています。

参考文献・ウェブサイト

  • Saeed, N., Shah, R., & Khan, I. (2023). A qualitative inquiry into the role and issues of physical education in primary schools: Perspectives of primary school teachers. Sir Syed Journal of Education & Social Research, 6(1), 61–67.

  • Shaheen, F., Manzoor, M., Hanif, K., & Karim, S. (2026). Impact of sports facilities on student sports performance: Perspective of PETs. ACADEMIA International Journal for Social Sciences, 5(3), 1723–1732.

  • Ali, N., Ahmad, T., Shahzada, G., Wang, X., & Gao, F. (2026). Understanding the dynamics of physical education: A qualitative study of its roles and challenges in Pakistan. Frontiers in Education, 11, Article 1877416.

  • パキスタン・パンジャーブ州およびラホール教育委員会による公立校スポーツ振興策に関する各種報道・告知記事

Lahore’s government schools, colleges to get free sports equipment
[https://pakobserver.net/lahores-government-schools-colleges-to-get-free-sports-equipment/](https://pakobserver.net/lahores-government-schools-colleges-to-get-free-sports-equipment/)

Punjab Government Announces Sports Activities for Boys & Girls in All Public Schools

[https://www.educationservices.pk/community/punjab-government-announces-sports-activities-for-boys-girls-in-all-public-schools/](https://www.educationservices.pk/community/punjab-government-announces-sports-activities-for-boys-girls-in-all-public-schools/)

Punjab to revive sports activities in schools

[https://www.nation.com.pk/25-Aug-2026/punjab-revive-sports-activities-schools](https://www.nation.com.pk/25-Aug-2026/punjab-revive-sports-activities-schools)

子どもたちの学びを支える多角的な栄養・保健アプローチ

 いくら学校を建て、教科書を配り、優秀な教員を配置したとしても、子どもたちが空腹や栄養失調で学習に集中できない環境にあれば、教育の効果は半減してしまいます。また、幼少期の栄養不足による発育阻害は、その後の学力や将来の労働生産性に不可欠な「人間資本(Human Capital)」を大きく損ないます。

本稿では、パキスタンにおける子どもの栄養危機と取り組みに関する最新記事の分析を通じて、「子どもが学校へ通い、十全に学ぶための健康(就学を保障する健康)」をどのように構築・維持すべきか考察します。


1. 就学の前提となる「生後1,000日」と認知機能の発達

教育の機会均等を語る際、議論は学校教育の制度設計に向かいがちです。しかし、教育の効果を左右する脳の発達や身体的基盤は、妊娠から2歳を迎えるまでの「生後1,000日」の間に大部分が形成されます。

  • スタンテイング(発育阻害)と学習不全

    パキスタンでは5歳未満の子どもの約4割が発育阻害(スタンテイング)に直面しています。これは単に身長が伸びないという身体的な問題にとどまらず、脳や認知機能の発達に不可欠な微量栄養素(鉄、亜鉛、ビタミン等)の欠乏を意味します。結果として、学校へ通い始めても「集中力が続かない」「記憶定着が悪い」「病欠が増える」といった悪循環に陥ります。

  • 世代間連鎖する母体栄養

    子どもが健やかに育ち、学びの場にたどり着くためには、母親の健康が不可欠です。十代での早婚や母体の栄養失調は、低体重児の出生を招き、子どもの学習機会や生存権を早期から脅かす要因となっています。

「健康だからこそ学べる」という視点に立てば、就学保障は就学前(特に乳幼児期)の保健・栄養介入から始まっていると言えます。

2. 教室の外にある課題:「学校周辺環境」と「社会保障」の統合

健康を維持し就学を後押しするには、医療機関での治療だけでは不十分です。水衛生環境、食品供給システム、社会保障を統合した「多セクター戦略(Multi-Sectoral Approach)」が求められます。

  1. 「欠乏」と「不健康な食品」の双方向アプローチ

    子どもたちの学びを妨げるのは「栄養の絶対量不足」だけではありません。学校周辺で売られる安価で超加工されたジャンクフードや清涼飲料水は、子どもの健やかな成長を阻害します。国連児童基金(UNICEF)などが推奨するように、学校周辺(例えば半径5km圏内)での不健康な食品のマーケティング規制や、学校給食・ミクロ栄養素の補給(虫下しや鉄分補給プログラム等)を組み合わせることが重要です。

  2. 見落とされがちな「思春期(アドレサンス)」の栄養

    幼児期(1,000日)の支援に加え、二次成長期にあたる思春期(特に女子生徒)への支援も学習継続の鍵を握ります。貧血や鉄分不足に直面しやすい思春期の女子に対して栄養補給や保健教育を行うことは、途中退学(ドロップアウト)を防ぎ、将来の健康な母体づくり(予防的投資)へと繋がります。

  3. 条件付き現金給付(CCT)による就学・保健の動機付け

    パキスタンの「ベナジール・ナショヌマ・プログラム(BNP)」のように、生活困窮世帯に対して、定期的な健診や栄養指導、予防接種を受けることを条件に現金給付を行う仕組みは、貧困層の子どもを健康に保ち、学校へ送り出す強力なインセンティブとなります。

3. KP州の事例に学ぶ「現場に届く支援」

KP州では、保健、農業、教育、水衛生、社会保障など複数省庁の連携(Multi-Sectoral Integrated Nutrition Strategy)を推進し、2011年から2018年にかけて同国で最も大きなスタンテイング減少率を記録しました。

単一の「特効薬」となる政策が存在したわけではなく、以下のような重層的なアプローチが功を奏したと分析されています。

  • 医療施設から離れた地域での Lady Health Workers(地域女性保健員)による草の根支援

  • 学校での虫下し(Deworming)や鉄分補給

  • 塩や小麦粉、調理油への微量栄養素の強制添加(Food Fortification)

どれほど立派な「就学支援」政策を作っても、周縁化された地域や貧困世帯の一人ひとりの子どもへ健康サービスが届かなければ(Equity:公平性の確保)、教育格差は埋まりません。

持続可能な教育支援のために

子どもたちが学校で学び、その能力を最大限に発揮するためには、「教育政策」と「保健・栄養政策・社会保障」の一体化が不可欠です。

  1. 早期(生後1,000日)からの健やかな生長を保証すること

  2. 学校および生活圏での食環境と水衛生を整えること

  3. 貧困家庭に対し、保健利用と連動した社会保障を提供すること

これらが揃って初めて、「就学を保証する健康」の基盤が完成します。子どもの健康への投資は、単なる医療費や救済策ではなく、将来の国家・地域社会を支える「人間資本」への最も費用対効果の高い教育投資であると言えます。

参考情報・引用元記事

  1. The Nutrition Test: What Khyber Pakhtunkhwa can teach Pakistan about fighting childhood malnutrition

    https://www.dawn.com/news/2025506/the-nutrition-test-what-khyber-pakhtunkhwa-can-teach-pakistan-about-fighting-childhood-malnutrition

    (KP州におけるスタンテイング削減の事例と、生後1,000日支援・多セクター連携の重要性についての解説)

  2. Malnutrition demands integrated social protection response: speakers

    https://www.dawn.com/news/2027075/malnutrition-demands-integrated-social-protection-response-speakers

    (社会保障プログラムとの統合、および「思春期(アドレサンス)」の栄養支援の必要性に関するカンファレンス報道)

  3. AN ENORMOUS CHALLENGE (Dr Noman Ahmed & Arfah Ahmed)

    https://www.dawn.com/news/2026604

    (食品システムの改革、学校周辺のジャンクフード規制、BNP等の現金給付と栄養施策の連携に関する論考)

  4. MATERNAL HEALTH IS THE KEY (Tabinda Ashraf Shahid)

    https://www.dawn.com/news/2026603

    (母体健康・早婚・農村と都市間の医療格差が及ぼす子どもの発達への影響についての解説)

2026年9月9日水曜日

パキスタンの水道水への下水混入

 パキスタンでは今、人々の生命を支えるはずの「水」が、深刻な公衆衛生上の危機を引き起こしています。老朽化した配管インフラや未処理下水の流入により、水道水と下水が混ざり合う現象が全国規模で発生しており、その被害を最も強く受けているのが免疫力の弱い子どもたちです。

今回は、現地大手紙『Dawn』で報じられた3つのニュース記事をもとに、この問題の背景と子どもたちへの脅威について考察します。


1. 疾病の68%が汚染水から:下水処理の欠如と発育不全(発刊日:2025年6月25日)

2025年6月25日に報じられた記事によると、連邦保健大臣(当時)のSyed Mustafa Kamal氏は、国立衛生研究所(NIH)主催のカンファレンスにて「パキスタンにおける全疾患の68%は汚染水の摂取が原因である」と認めました。

ギルギットの山々からカラチの海岸に至るまで、適切な下水処理メカニズムが存在しないため、生活下水が日常的に飲み水へと混入しています。この状況は子どもたちに以下のような深刻な影響を及ぼしています。

  • 発育不全(Stunting): パキスタンの子どもの40%が栄養不良に陥っており、慢性的な下痢や消化器感染症が栄養吸収を阻害して成長を妨げる大きな要因となっています。

  • ポリオやコレラの感染リスク: 世界でポリオが根絶されていない数少ない国の一つである背景にも、こうした衛生環境の悪化が深く関わっています。

2. 首都の水源すら「細菌の溜まり場」に:ポリオや水系感染症の恐怖(発刊日:2025年12月19日)

2025年12月19日の上院気候変動常任委員会の報道では、首都イスラマバードとラワルピンディの主要な水源である「ラワール・ダム(Rawal Dam)」の危機的な状況が顕呈しました。

委員会においてシェリー・レーマン委員長は、毎日約900万ガロン(約3,400万リットル)もの未処理下水がラワール・ダムに流れ込んでいると警告し、同ダムが「細菌の溜まり場(a cesspool of bacteria)」化していると指摘しました。

  • 子どもへの直接的危険: 適切な対策や処理プラント建設の遅れにより、この水を水源とする住民や子どもたちが、ポリオをはじめとする重篤な水系感染症に常に晒されています。政府や都市開発庁の不作為が、公衆衛生上の緊急事態を招いていると批判されています。

3. 配管内の「バイオフィルム」と薬剤耐性菌(ARB)の潜伏(発刊日:2026年2月9日)

2026年2月9日に掲載された寄稿記事では、水道管の内部で形成される「バイオフィルム(微生物の膜)」という目に見えない脅威に焦点が当てられています。

老朽化した水道配管ネットワークが破損し、隣接する下水管と交差・混入(Cross-connection)することで、下水由来の糞便系細菌が配管内に定着します。

  • 既存の薬が効かないリスク: バイオフィルムは消毒剤に対する耐性を持ち、薬剤耐性菌(ARB)や抗生物質耐性遺伝子(ARG)の温床となります。

  • 子どもへの脅威: これにより、子どもたちが下痢、コレラ、腸チフス、赤痢などにかかった際、従来の抗生物質治療が効きにくくなるという非常に危険なリスクが生じています。

考察とまとめ

パキスタンにおける「水道水への下水混入」は、単なるインフラの老朽化問題にとどまりません。

  1. 下水の直接流入による下痢症やコレラ、ポリオの蔓延

  2. 慢性的な感染症による子どもの栄養不良と発育不全(40%)

  3. 薬剤耐性菌(スーパーバグ)の発生による治療の困難化

これらが複合的に絡み合い、子どもたちの健全な成長と生命を直接的に脅かしています。配管の全面改修、下水処理プラントの整備、そしてバイオフィルム対策も含めた包括的な水質管理体制の構築が一刻も早く求められています。

参考ウェブサイト(出典)

本記事の作成にあたっては、以下のニュース報道(Dawn)を参照しました。

  1. Dawn (2025年6月25日報道)

  2. Dawn (2025年12月19日報道)

  3. Dawn (2026年2月9日報道)

パキスタンにおけるSight Saversの取り組みと学校保健の課題

「通う権利」の前に横たわる「学べる健康状態」の壁  低中所得国における教育支援では、「学校建設」や「就学率」に焦点が当たりがちです。しかし、パキスタンには約2,620万人という世界最大規模の未就学児が存在する一方で、せっかく入学しても途中で学習を断念してしまう子どもたちが後を絶ち...