2026年9月6日日曜日

パキスタンにおける小児HIV感染の拡大

 世界的には、抗レトロウイルス療法(ART)の普及や母子感染予防(PMTCT)の進展により、小児の新規HIV感染数は減少傾向にあります。しかし、パキスタンにおいては正反対の深刻な事態が進行しています。かつて同国はHIV感染率が低い国とみなされていましたが、近年、主に医療現場における感染管理の怠慢と規制不全に起因する小児HIVのアウトブレイクが相次いで報告されています。

本稿では、英国医学雑誌『The BMJ』、BBC Eyeによる覆面調査報道、およびパキスタン現地主要紙『DAWN』の報じるデータと現場の情勢に基づき、パキスタンにおける小児HIV感染の「脅威の構図」と「構造的原因」、そして解決に向けた「制度的対策」を多角的に考察します。

2. 危機の実態:2つの州で発覚した大規模アウトブレイク

① パンジャブ州トンサ(Taunsa Sharif)での感染爆発と潜入取材(BBC調査)

BBC Eyeの調査によると、パンジャブ州トンサの政府系病院(THQ Hospital Taunsa)において、331名もの子どもがHIV陽性と判定されました。地元当局は院長を停職処分とし「大規模な取り締まり」を公約したものの、BBCの潜入取材により衝撃的な現場の実態が露呈しました。

32時間に及ぶ覆面撮影において、医療スタッフや医師が単一のバイアル(薬液瓶)に同一の注射器を何度も挿入して使い回す行為が10回以上確認されました。また、滅菌手袋を着用せずに注射を行う事例が66回撮影されるなど、感染予防ガイドラインの形骸化が実証されました。専門家は、針を交換した場合であってもシリンダー(注射器本体)にウイルスが残留するため、バイアル全体が汚染され他の子どもへウイルスが拡散したと指摘しています。

【事例:幼い兄弟を襲った悲劇】

8歳のモハメド・アミンちゃんは、高熱と激痛に苦しんだ末にHIVにより死亡しました。彼が亡くなった後、10歳の姉アスマちゃんもHIV陽性と診断されました。二人の母親は検査結果が陰性であり、日常的な外来での注射治療を通じて病院内で感染したとみられています。このような「母子感染ではない医療由来の小児感染」が多数を占める点が本危機の著しい特徴です。

② シンド州における329名の感染確認とPMAの警告(BMJ報道)

シンド州では新規登録されたHIV感染者894名のうち329名が小児(15歳未満)であることが保健省のデータにより明らかになりました。

パキスタン医学会(PMA)事務局長のサブドゥル・ガツール・ショーロ医師は『The BMJ』に対し、「この地域的エピデミックは医療安全および監視機能の構造的失敗の直接的結果である」と述べ、州全体で大規模スクリーニング施設が不足しているため「報告された329名という数字は氷山の一角に過ぎず、実際の小児感染者は4倍以上に上る可能性がある」と強い警鐘を鳴らしています。

3. 感染拡大の構造的要因:なぜ医療現場が感染源となるのか

パキスタンにおける小児HIV感染は、主に以下の4つの複合的・制度的要因によって引き起こされています。

構造的要因具体的事象・現場の実態影響とリスク
注射器・医療機器の再利用無資格診療所(Quacks)や公立病院での注射器・点滴の使い回し。使用済み注射器の不法転売。血液を介した直接的なHIVウイルス拡散。小児への日常的・過剰な注射投与がリスクを増幅。
血液スクリーニングの不備地方の輸血施設や血液銀行におけるHIV・肝炎ウイルスの検査プロトコルの欠如・不全。輸血を必要とする小児患者(貧血やサラセミア患者等)への二次感染。
無資格診療所(無免許医)の横行適切な医学的知識を持たない「やぶ医者(Quack Doctors)」による不適切な医療行為の放置。地域住民に対する不必要な注射・点滴治療の乱用と衛生管理の著しい欠如。
スクリーニングと監視網の不足小児用検査キットや判定能力を持つ医療機関の極端な偏在、追跡システムの未整備。無症状の感染小児の早期発見遅れと、市中・医療機関内での更なる感染連鎖。

4. 提言と対策:持続可能な感染制御に向けたアクション

パキスタン政府およびパンジャブ州保健部は、再使用不可能な「自動破壊型注射器(Auto-Disable Syringes)」の導入などを表明していますが、単発的な対応にとどまっており、根本的解決には包括的なアプローチが不可欠です。

  1. 医療安全(IPC)の厳格化と罰則規定の適用

    すべての公立・私立医療機関において、標準的予防措置(Standard Precautions)の遵守を法律で義務付ける必要があります。単なるマニュアル配布ではなく、第三者機関による定期的な覆面監査と、再利用が発覚した医療従事者や施設に対する免許取消を含む厳格な行政処分・刑事罰を科すべきです。

  2. 無資格診療所(Quackery)の完全撤去と医療ゴミの流出防止

    規制当局(Healthcare Commissions)は、各地に無数に存在する無資格診療所の一斉摘発を強化しなければなりません。また、使用済み注射器が適切に焼却・破砕されず再流通するルート(医療廃棄物ビジネス)を遮断するため、廃棄物管理のトレーサビリティを徹底することが求められます。

  3. 全国規模の小児スクリーニング体制と治療アクセスの拡大

    全土の一次保健施設(BHU)および二次病院におけるHIV迅速診断キットの常備と、感染が確認された子どもたちに対する小児用抗レトロウイルス薬(ART)の無償提供・長期追跡体制を確立する必要があります。

  4. 住民啓発と「不必要な注射信仰」の脱却

    パキスタン社会には「経口薬よりも注射や点滴の方が効果が高い」という根深い誤解が存在します。政府および市民社会は、内服薬の有効性と医療行為に伴う感染リスクについての広報活動を展開し、患者自らが安全な注射器の使用を確認できる社会意識を醸成することが不可欠です。

5. 結論

パキスタンにおける小児HIV危機は、単なる公衆衛生上の課題を超えた「医療倫理とガバナンスの敗北」を意味しています。本来命を救うべき病院やクリニックが感染源となって子どもの未来を奪う事態は、いかなる理由であれ正当化できません。国際社会やWHO等の多国間機関とも連携し、制度改革と現場の意識革新を緊急に進めることが強く求められています。

【参照ウェブサイト】

2026年9月2日水曜日

パキスタンの児童番組『Pakkay Dost』

 本日の研究ブログでは、パキスタンで大きな話題を呼んでいる子ども向け教育人形劇番組『Pakkay Dost(パッケイ・ドースト:ウルドゥー語で「親友たち」の意味)』を取り上げます。

子どもが学校に継続して通い、豊かな学びを得るためには、単に教室や教科書を用意するだけでは不十分です。子どもの「身体的・精神的健康」や「言語・情報へのアクセシビリティ」が整って初めて、実質的な就学が達成されます。このような概念を本記事では「就学保障する健康(Health Guaranteeing Schooling/Learning Access)」と捉え、『Pakkay Dost』の先進的な取り組みからその意義を考察していきます。

1. 『Pakkay Dost』とは?:母国語で楽しく学ぶ環境づくり

『Pakkay Dost』は、パキスタンの著名なポップロックバンド「Strings」の元メンバーであるミュージシャン、ビラール・マクスード(Bilal Maqsood)氏が企画・制作を手がける教育人形劇(パペットショー)です。YouTubeで無料配信されており、女優のサイラ・ユースフ(Syra Yousuf)氏が演じる人気キャラクター「Mimi」やカラフルなパペットたちが登場します。

英語メディアの普及に伴い、パキスタンの子どもたちの間で国語であるウルドゥー語離れが進む中、マクスード氏は「子どもたちが自国の言語や文化を愛し、ウルドゥー語を『クールで身近なもの』と感じられるコンテンツを作りたい」という想いからこの番組をスタートさせました。

2. 「就学保障する健康」としての番組アプローチ

子どもたちが元気に学校へ通い、授業に集中するためには、日々の生活習慣や身体の健康に関する知識が不可欠です。『Pakkay Dost』では、これまでに50曲以上のオリジナルソングを制作し、楽しく歌いながら学べる仕組みを提供しています。

  • 身体理解と解剖学: 人間のさまざまな「骨の名称」をウルドゥー語で覚える歌

  • 生活習慣と栄養: 適度な「運動」や「野菜の摂取」を促し、健康的なライフスタイルを形成

  • 情操教育と社会性: 動物への思いやりや優しさ、人間関係の築き方を養うテーマ

これらは一見すると単純な食育や運動啓発に見えますが、子どもの発達や感染予防、基礎体力づくりに直結しています。健康状態が良好に保たれることで欠席率が低下し、学校教育へのスムーズな参加が促進されます。まさに、健康が子どもの「就学」を底支えする基盤となっているのです。

3. パキスタン手話導入による包摂的な学びの保障

さらに本番組を際立たせているのが、障害のある子どもに対する「情報保障とアクセシビリティの追求」です。

『Pakkay Dost』は、パキスタンの聴覚障害者を支援する団体ConnectHearと提携し、番組全体にパキスタン手話(Pakistan Sign Language: PSL)の通訳を組み込んでいます。単に文字字幕を付けるだけでなく、感情豊かな手話表現を映像と自然に統合することで、ろう者や難聴の子どもたちも他の子どもと同じようにストーリーや音楽を楽しみ、学べる環境を整えました。

4. まとめ

『Pakkay Dost』は、シンド州政府文化観光省と連携したシンド語版の展開や、UNICEFとのコラボレーションなど、マルチステークホルダーとの協力を重ねながら進化を続けています。

本番組の試みは、「健康」を単なる病気の予防だけでなく、「学びの場へアクセスし、能力を十分に発揮するための身体的・精神的・社会的基盤」として捉える重要性を示しています。高品質なメディアコンテンツとインクルーシブな工夫が組み合わさることで、途上国におけるすべての子どもたちの就学と健やかな成長を支える強力な推進力となることが期待されます。

参考ウェブサイト

2026年8月29日土曜日

小児・思春期の砂糖摂取

 今回は、子どもの「学びの機会」や「学校生活(就学)」を根底から支える要素としての健康、とりわけ近年世界中で深刻な課題となっている小児・思春期の砂糖摂取と肥満リスクについて、最新の研究論文をもとにレビューしてみたいと思います。



「就学」といえば、学校の制度や経済的な支援、教育環境などに目が向きがちですが、子どもたちが元気に学校に通い、日々の授業や活動に集中して能力を発揮するためには、「身体的・精神的な健康が保たれていること」が不可欠な前提(就学保障の基盤)となります。

1. 世界の現状と「就学を保障する健康」への影響

世界保健機関(WHO)の報告によると、5歳未満の過体重・肥満者は3,800万人、5歳から19歳では約3億4,000万人に達しています。これに伴い、かつては成人に多いとされていた2型糖尿病や心血管疾患といった非感染性疾患(NCDs)が、若い世代にも拡大しています

このような健康障害は、単に身体的な病気にとどまらず、子どもの学校生活や就学機会そのものに大きな影を落とします。

  • 通学・学習への支障: 幼少期からの生活習慣病の発症は、体調不良による欠席の増加や集中力の低下を招き、継続的な就学・学習機会を阻害します。

  • エネルギー摂取と食環境: 研究(Te Morenga et al., 2013)によると、清涼飲料水などに含まれる遊離糖類の過剰摂取は満腹感を得にくく、カロリーの過剰摂取と体重増加に直結することが示されています

これに対し、米国小児科学会(AAP)の政策声明(2015)などでは、子どもの1日のエネルギー摂取量の約4割を占める学校現場における食環境の改善(Smart Snacks規格や栄養密度の向上)が提言されています。学校という場が、子どもたちの「健康」と「学び」を同時に育むセーフティネットとして機能することが求められているのです

2. パキスタンの事例にみる多面的な課題:文化的慣習と社会的スティグマ

南アジアのパキスタンにおける最新調査は、子どもの健康と就学をめぐる問題がより複雑であることを教えてくれます。

  1. 伝統的砂糖飲料(チャイやラッシー)の影響 パキスタンでは成人の糖尿病罹患率が31.4%と世界最高水準にあり、思春期世代(10〜16歳)の70.5%が週7回以上甘い飲料を摂取しています。特に市販の清涼飲料水(17.3%)以上に、家庭で手作りされる甘いチャイやラッシーなどの伝統的飲料(38.2%)が主な砂糖摂取源となっています

  2. 非通学(Out-of-school)リスクとの関連 注目すべき点として、学校に通っていない非通学の若者(Out-of-school)において、伝統的飲料の高消費リスクや過剰摂取のリスクが高い(aOR = 1.48〜2.05)ことが報告されています(Afaq et al., 2025)。学校という「適切な栄養管理や健康教育を受ける場」から離れていることが、健康リスクをさらに高めるという悪循環が生じています

  3. 社会的スティグマと保護者の認識 母親への意識調査(Hudaib et al., 2024)では、肥満児に対する強い社会的スティグマを96.9%が目撃・経験していると報告されています。また「肥満は成長とともに消える」といった誤解も残っており、身体的トラブルだけでなく心理的・精神的な負担が子どもの登校意欲や社会参画を阻害する要因となっています

3. まとめ:「健康」があってこそ、すべての子どもが学べる

今回の文献レビューから見えてくるのは、「子どもの健康を守ること」は「子どもの就学権・学習権を保障すること」と不可分であるという事実です。

子どもたちが学校に通い、健やかに成長するためには、単に学校内で清涼飲料水を規制するような単一のアプローチ(欧米型の標準策)だけでは不十分です

  • 地域・家庭へのアプローチ: 家庭で手作りされる飲料への加糖を減らす文化適応型の栄養教育や、保護者への啓発活動

  • 制度的アプローチ: 砂糖税(SSBタックス)の導入や分かりやすい栄養表示の義務化

  • 包括的な支援: 学校に通っている子も、通えていない非通学の子も取り残さないコミュニティ全体での健康支援体制の構築

食環境と生活習慣病のリスクを整え、健康という「基盤」を築くことこそが、すべての子どもたちが安心して学校に通い、将来の可能性を広げるための第一歩となります。

参考文献

Afaq, S., Chandrasenage, D., Ashfaq, U., Farzeen, M., Iqbal, R., Suhrcke, M., Siddiqi, K., Kanaan, M., & Zavala, G. A. (2025). Consumption of commercial and traditional sugar-sweetened beverages among adolescents in Pakistan: Evidence from a national survey. Frontiers in Nutrition, 12, Article 1679917. https://doi.org/10.3389/fnut.2025.1679917

Council on School Health, & Committee on Nutrition. (2015). Snacks, sweetened beverages, added sugars, and schools. Pediatrics, 135(3), 575–583. https://doi.org/10.1542/peds.2014-3902

Hudaib, M., Hussain, L., Nazim, L., Mohi Uddin, S., Jamil, M. U., Bham, S. Q., Malik, H., Rehman, A., Malik, U., Manahil, Umais Ahad, A., Mughal, S., & Eljack, M. M. F. (2024). Understanding childhood obesity in Pakistan: exploring the knowledge, attitudes, practices of mothers, and influential factors. A cross-sectional study. Frontiers in Public Health, 12, Article 1475455. https://doi.org/10.3389/fpubh.2024.1475455

Te Morenga, L., Mallard, S., & Mann, J. (2013). Dietary sugars and body weight: Systematic review and meta-analyses of randomised controlled trials and cohort studies. BMJ, 345, e7492. https://doi.org/10.1136/bmj.e7492

2026年8月26日水曜日

南アジア比較から見るパキスタンの避妊普及率と課題

先日、「避妊プロジェクト、計画の不備により頓挫」という報道がパキスタンのウェブニュースにありました。
Trubune紙、2026年8月12日投稿

パキスタンでは、以下のような背景で、2021年に「パキスタン FP2030 コミットメント(FP2030 National Commitments: Government of Pakistan)」が発行されています。

パキスタンでは急速な人口増加が社会経済開発、貧困、気候変動、都市化等に深刻な影響を与えている。2018年に最高裁判所が人口増加問題を提起したことを契機に、共同利益評議会が家族計画(FP)の加速化に向けた8つの勧告および行動計画(2019-2030)を承認した。 パキスタンは「FP2030」のもと、権利に基づく家族計画を推進し、2030年までに家族の規模と利用可能なリソースのバランス(Tawazun:タワズン)を保ちつつ、すべての夫婦が自由かつ責任を持って子供の数を選択できる社会の実現を目指している。 

また、データと根拠(エビデンス)を活用して世界中の女性や子どもの健康向上を目指すプログラムであるTrack20によって提供されているデータによれば、以下の表のような南アジア諸国のmCPR (近代避妊普及率 / 現代的避妊法の普及率)に関する情報が得られます。

Track20は、2012年に発足し、家族計画(Family Planning)や妊産婦・新生児・小児保健の分野において、調査データやサービス統計、推計モデルなどを分析・可視化しています。運営主体は、グローバルヘルス分野でデータ分析やモデル構築、戦略立案などを手がける米国の組織 Avenir Health(アベニール・ヘルス) であり、支援・資金提供は、ビル&メリンダ・ゲイツ財団(Gates Foundation) からの支援(資金提供)を受けています。

表 南アジア諸国のmCPR と避妊法
国名mCPR主な避妊法構成(Method Mix)の特徴
バングラデシュ高水準(約50%〜60%台)経口避妊薬(ピル)や注射剤などの可逆的方法が中心
インド中〜高水準(約50%前後に上昇)女性不妊手術(Female Sterilization)が突出して高い
スリランカ中水準(約50%前後)避妊手術と注射剤・ピルがバランスよく普及
ネパール中水準(約40%〜50%台)注射剤、インプラント、避妊手術
パキスタン低水準(約25%〜30%前後)伝統的方法への依存が一定数残り、現代法は注射剤やピル等
アフガニスタン極めて低水準(約15%〜20%未満)注射剤や短期的避妊法

上表からわかることは、パキスタン及びアフガニスタンが他の南アジア諸国と比較して、mCPRが約半分の値であることです。

過去の研究ブログ記事、「SRHR(Sexual and Reproductive Health Rights:性と生殖に関する健康と権利)」や「南アジア3大国であるパキスタン、インド、バングラデシュの UNFPAデータ比較 -SRHRに焦点を当てて-」などにおいて、本記事に関連する情報をお伝えしましたが、改めてパキスタンにおけるSRHRや包括的性教育の重要性が明らかになりました。

2026年8月23日日曜日

安全な食で未来を守る:知っておきたい食品安全のリアリティ

先日、「170以上の食用油、ギー、牛乳のサンプルが国家品質基準を満たしていない。」というタイトルのパキスタンのニュースがありました。



子どもたちが毎日元気に学校へ通い、健やかに学び成長するためには、何が必要でしょうか?文房具や教科書はもちろん大切ですが、そのすべての土台となるのが「子どもの健康」です。そして、健康な身体を育むために欠かせないのが「食の安全」です。

今回は、低中所得国やパキスタンの実態調査に関する研究資料を基に、不安全な食品が子どもたちの健康や就学・学習機会にどのような影響を及ぼしているのか、分かりやすく解説します

1. 世界で起きている「食の安全」の危機

世界保健機関(WHO)の報告によると、細菌やウイルス、有害化学物質などに汚染された不安全な食品は、下痢症からがんまで200種類以上の病気の原因となっています。

  • 世界中で年間約8億6,600万人が汚染食品により病気になっています。

  • 年間で約152万人が亡くなっています。

  • 被害の約29%が「5歳未満の乳幼児」に集中しています。

特に途上国などの低中所得国では、2021年だけで14万3,000人もの乳幼児が汚染食品によって命を落としています。

2. なぜ子どもたちが大きなリスクに晒されるのか?

子ども(特に乳幼児)は大人に比べて身体の免疫機能や、有害物質を排出する機能がまだ発達していません。また、大人よりも体重あたりの食事や水分摂取量が多いため、汚染物質の影響をダイレクトに受けてしまいます。

不安全な食品によって激しい下痢や胃腸炎を起こすと、腸で十分な栄養を吸収できなくなります。これが続くと「栄養失調」に陥り、免疫力が落ちてさらに病気にかかりやすくなるという「病気と栄養失調の悪循環」が生まれてしまいます。

3. 成長と学びを奪う具体的危害(パキスタンの実態より)

パキスタンでの調査では、子どもたちの健全な成長を阻害する深刻な実態が明らかになっています

  • 乳製品や食用油の品質不足 市販されている食用油や牛乳などのサンプルのうち、約36%が国の品質基準を満たしていませんでした。特に粉ミルクでは44.4%が不適合という結果でした

  • カビ毒(アフラトキシン)による発育不全

    カビが生えた飼料から牛乳へと移る強力な毒素「アフラトキシンM₁」は、小児の発育不全(成長が止まってしまう状態)を引き起こします。調査によると、粉ミルクを飲む1歳児や5歳児の体重あたりのカビ毒摂取量は、大人の数倍に達していました。

  • 重金属による知的発達への悪影響

    食品に含まれる鉛やメチル水銀などの重金属は、子どもの脳の発達に作用し、知的障害や認知機能の低下を引き起こす危険性があります。

4. 子どもの「就学」を保障するために

子どもが元気に学校へ通い、授業に集中して学習を進めるためには、身体的な発育不全や知的な障害、繰り返す病気を未然に防ぐことが不可欠です。健康が損なわれてしまうと、学校に通うこと自体が難しくなり、教育を受ける機会そのものが奪われてしまいます。

子どもたちの「就学」と健やかな未来を守るためには、以下のような取り組みが急務です。

  1. 厳格な品質基準と監視: 粉ミルクや離乳食など、子ども向け食品に対するカビ毒や有害物質の厳格な基準設定と管理。

  2. 安全な選択肢の活用: 高度な殺菌・品質管理が行われた牛乳(UHT乳など)への切り替え(研究では切り替えによりカビ毒の摂取量が大きく減ることが分かっています)。

  3. 安全な供給体制づくり: 生産から家庭に届くまでの衛生管理や保冷輸送(コールドチェーン)の整備。

まとめ

子どもの就学と健やかな成長を保障するための第一歩は、毎日の「食の安全」を守ることにあります。汚染された食品から子どもたちを守る取り組みは、単に病気を予防するだけでなく、子どもたちの「学ぶ権利」と「将来の可能性」を守る大切な基盤なのです。

参考文献


2026年8月19日水曜日

子どもの「学びの権利」を守る鍵:UNICEF報告書『Growing with Rights』

 子どもが学校に通い、安心して学び続けるためには何が必要でしょうか。最新のUNICEF(2026)の報告書『Growing with Rights』では、子どもの教育を受ける権利(就学保障)を支える実質的な基盤として「健康」の重要性が強調されています


今回は、資料をもとに「子どもの就学を保障する健康」のポイントを簡潔にご紹介します

1. なぜ「健康」が就学の保障につながるのか?

子どもが物理的・機能的に学校に通い、授業に集中するためには、身体的・精神的な健康の土台が欠かせません。主に以下の3つの側面が大きく影響しています

  • 早期発達における栄養と身体の基盤

    生後1,000日や幼児期における栄養不足(微量栄養素欠乏や発育阻害)は、脳の認知機能や体力を低下させます。これが将来の就学率低下や学習遅延の直接的な原因となるため、就学前からの保健・栄養の取り組みが不可欠です

  • 慢性的なストレス(Toxic Stress)の軽減

    貧困や虐待、紛争などによる強いストレスは、記憶や判断を司る脳の発達を妨げ、学校への適応や通学の維持を困難にします。健全な発達環境を整えることが通学の前提条件となります

  • 精神的健康(メンタルヘルス)のサポート

    特に思春期では、心理的安全性や自己肯定感が学校へ通い続ける意欲に直結します。ストレスや孤立感を抱える子どもへの心のケアは、中途退学を防ぐために極めて重要です

2. 安全な学校環境が就学を守る

健康を維持し就学を継続させるためには、学校そのものが安全な環境でなければなりません

  • 体罰、いじめ、ハラスメントなどの暴力は、子どもの尊厳と学習意欲を奪い、ドロップアウトを引き起こします

  • 安全な水・衛生設備の整備や、体罰の禁止、子ども自身が安全対策に参加できる仕組みづくりが必要です

まとめ

子どもの就学を保障するためには、単に学校に通わせるだけでなく、乳幼児期からの栄養や身体の健康、メンタルヘルス、そして安全な環境という「健康の基盤」を包括的に整えることが不可欠です

子どもたちが安心して学び、自らの能力を伸ばしていけるよう、社会全体で健康と教育を一体として支えていく必要があります

参考文献 

UNICEF Innocenti. (2026). Growing with rights: Understanding and supporting the evolving capacities of the child. UNICEF Innocenti Global Office of Research and Foresight.

パキスタンにおける小児HIV感染の拡大

 世界的には、抗レトロウイルス療法(ART)の普及や母子感染予防(PMTCT)の進展により、小児の新規HIV感染数は減少傾向にあります。しかし、パキスタンにおいては正反対の深刻な事態が進行しています。かつて同国はHIV感染率が低い国とみなされていましたが、近年、主に医療現場におけ...