2026年5月11日月曜日

南アジアにおける障害と開発:インド・パキスタン・バングラデシュの比較から

1. はじめに:なぜ今、南アジアの障害情報なのか

2014年の日本による国連障害者権利条約(CRPD)批准以降、国際協力における「障害主流化」の重要性は一層高まっている 。JICAは2020年に各国の障害関連情報のアップデートを実施したが、本稿では研究協力者池田氏が担当したインド、パキスタン、バングラデシュの3か国に焦点を当てる 。これら3国は旧英領インド帝国の法制度を継承しており、制度的な共通点が多い一方で、近年の障害者権利の進展には国ごとの特色が見られる。

2. 障害の定義と統計:可視化される課題

各国の最新の障害者法(バングラデシュ:2013年、インド:2016年、パキスタン:2020年)における障害の定義は、いずれもCRPDの考え方を踏襲しており、機能障害と社会的・環境的障壁の相互作用に着目している

統計上の障害者人口比率は以下の通りである


パキスタンやバングラデシュで比率が高い背景には、近年の調査手法の変化や、女性の障害者人口が男性を上回る傾向(パキスタン:女性8.65%に対し男性7.01%)などが挙げられる

3. 障害者権利条約(CRPD)批准の影響

南アジア諸国は比較的早期にCRPDを批准している(インド・バングラデシュ:2007年、パキスタン:2011年) 。特にパキスタンでは、2010年の憲法改正による地方分権化と、2011年のCRPD批准が同時期に重なった 。これにより、連邦政府に独立した「人権省」が設置され、障害者法を含む人権関連の立法が加速した点は注目に値する

また、司法の場でも変化が見られる。パキスタンでは2013年以降、障害当事者による申し立てを受け、最高裁が公文書での蔑称禁止(2017年)や、精神障害のある服役者への死刑禁止(2021年)を命じるなど、人権保障に向けた司法の役割が強まっている

南アジア諸国のCRPDの署名年と批准年

4. 教育・保健分野の現状とインクルーシブ教育の遅れ

教育分野では、各国とも国家教育政策の中でインクルーシブ教育(IE)への言及を始めている 。しかし、パキスタンにおいては依然として社会福祉関連部局が所管する「特殊教育」が主流であり、通常教育への統合はNGOによるモデル事業にとどまるケースが多い 。政府報告(2019年)においても、IEの実現は途上国では困難であるとの認識が一部に見られ、他国に比べた遅れが指摘されている

保健分野では、パキスタンの「Lady Health Worker(LHW)」による地域レベルの保健活動や、インドの「全国農村保健事業」を通じた早期発見・療育プログラムなど、草の根のネットワークを活用した取り組みが展開されている

インド、パキスタン、バングラデシュの保健・医療・リハビリテーションの制度・政策


5. 新型コロナウイルスがもたらした影響

2021年までの状況として、パンデミックは障害者に深刻な影響を及ぼした

  • インド: 障害者手帳(UDID)不所持者が現金給付を受けられない等の課題が発生した

  • パキスタン: 移動制限による生活必需品へのアクセス困難や、家庭内暴力の増加が報告された

  • 共通課題: オンライン教育や情報提供におけるアクセシビリティの欠如、寄宿舎にいた障害児の帰宅問題などが顕在化した
6. おわりに:障害者運動と国際協力

CRPD第33条が規定するように、障害者権利の実施と監視には「市民社会、特に障害当事者団体(OPDs)」の参画が不可欠である 。インドと比較して、パキスタンやバングラデシュではDPOの政策決定プロセスへの参加が依然として不十分であるとの指摘もある 。今後の国際協力においては、インフラ整備だけでなく、OPDsの能力強化や人権擁護のノウハウ提供といったソフト面の支援がさらに重要となるであろう。 


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