本記事では、近年の障害者スポーツ研究の動向を踏まえながら、障害児の就学環境と健康支援に対する重要な示唆について整理します。
1. 医療的機能回復から「心理社会的居場所」への視点転換
歴史的に見ると、障害者の身体活動は第二次世界大戦後のリハビリテーション医療(ルートヴィヒ・グットマンらに代表される)に端を発し、身体機能の向上や社会復帰が目指されてきました
近年の実証研究では、こうした議論を超えて、スポーツや身体活動が持つ多義的な効果が解明されています。例えばブルキナファソの障害者団体(DPO)に関する研究(Bezzina, 2019)では、スポーツが障害ゆえの孤立や社会的スティグマを和らげ、当事者同士の連帯感や自己同一性を再構築する「心理社会的な居場所(haven)」として機能している実態が示されています。また、サウジアラビアの身体障害女性を対象とした研究(Aid et al., 2024)でも、パラスポーツへの参加が自己効力感の向上や社会的ネットワークの拡大に寄与することが明らかになっています。
就学・健康支援への示唆
学校生活において、障害児の「健康」を考える際にも、単に運動能力の向上や「障害のない子と同じように身体を動かすこと(障害のない人の規範への適応)」のみを目的とするのではなく、子どもたちが孤立せず、安心して自分らしくいられる「心理社会的な居場所」を保障することが何より重要です。
2. インクルーシブな就学現場における「包摂」の捉え直し
国連の「障害者権利条約(CRPD)」第30条やSDGsでも提示されているように、スポーツや身体活動は障害者の権利とウェルビーイングを促進する包摂的な手段とされています。しかし、教育やスポーツの現場における「インクルージョン(包摂)」のあり方については、慎重な検討が必要です。
Oldörp et al. (2025) は、ゴールボールや車いすバスケットボールの事例を通して、単に「同じ空間に一緒に配置すること(空間的インクルージョン)」だけでは不十分であり、障害のない人が車いすやアイシェードを用いてプレイする「逆インクルージョン」などを通して、「障害/健全」の境界線そのものを捉え直す試みの重要性を提起しています。さらに、当事者自身が「インクルージョンを感じているか(帰属意識)」という主観的・心理的体験こそが重要であると指摘されています。
一方で、現代のエリート・パラスポーツ等で見られる「克服神話」や過度な能力主義(Ableism)は、一般の障害者が直面する日常的困難を不可視化したり、重度障害者の排除・分断を生んだりするリスクも懸念されています
就学・健康支援への示唆
就学の現場(インクルーシブ教育など)においては、単に同じ教室や体育館に配置することにとどまらず、子ども自身が「自分はこの学級や仲間の中に居場所がある」と感じられる帰属意識を醸成することが不可欠です。また、障害のない子どもの基準に合わせさせる「克服」を強いるのではなく、多様な身体性や個性をありのまま受け入れる環境づくりが、子どもの精神的健康を守ることにつながります。
3. 既存研究の限界と今後の期待(実践に向けた課題)
先行研究の分析からは、障害児の就学や健康支援の実践に向けて、以下のような課題や展望が浮き彫りになります。
学校現場・地域社会における草の根の実証データ不足
既存研究の多くはパラリンピックなどのエリートスポーツや大規模大会に偏重する傾向があり、学校体育や地域社会における日常生活・レクリエーションの現場で、子どもたちがどのように継続参加し、どのような主観的変化を得ているかという長期的データがまだ十分ではありません。
交差性(インターセクショナリティ)を踏まえた分析の必要性
障害児の健康や就学を考える際には、障害の種別(重度・重複障害、知的・精神障害など)や年齢(学齢期・子ども)、ジェンダー、家庭の経済的状況など、多様な属性が交差して生じる困難に配慮した多角的な分析が必要です
。 教育・福祉・権利団体の実践的な連携
障害者権利団体(OPDs)や学校教育現場、スポーツ・健康推進団体が互いに断絶することなく、具体的かつ実効性のある連携モデルやガイドラインを構築していくことが求められています
。
まとめ
障害児の就学と健康を考えるうえで、パラスポーツ研究が提供する知見は非常に示唆に富んでいます。子どもたちの健康(ウェルビーイング)を高めるためには、単に身体的な機能や運動量を追求するだけでなく、学びの場や活動の場において「主観的な帰属意識」と「心理社会的な居場所」を保障することが極めて大切です。
能力主義や健常者中心の基準に捉われることなく、一人ひとりの子どもが主体的に参加し、誇りを持って成長していける教育・健康支援体制の構築が今まさに求められています。
参考文献
Aid, M. A., Alobaid, M. A., & Khoo, S. (2024). Empowerment and social inclusion through Para sports: A qualitative study on women with physical impairments in Saudi Arabia. Frontiers in Psychology, 15, Article 1366694.
Berghs, M., Chataika, T., El-Lahib, Y., & Dube, K. (Eds.). (2020). The Routledge handbook of disability activism. Routledge.
Bezzina, L. (2019). Disabled people’s organisations and the disability movement: Perspectives from Burkina Faso. African Journal of Disability, 8, Article a500.
Braye, S. (2016). ‘I’m not an activist’: An exploratory investigation into retired British Paralympic athletes’ views on the relationship between the Paralympic Games and disability equality in the United Kingdom. Disability & Society, 31(9), 1288–1300.
Braye, S., Gibbons, T., & Dixon, K. (2013). Disability ‘rights’ or ‘wrongs’? The claims of the International Paralympic Committee, the London 2012 Paralympics and disability rights in the UK. Sociological Research Online, 18(3), 167–176.
Goodley, D., Lawthom, R., Liddiard, K., & Runswick-Cole, K. (2019). Provocations for critical disability studies. Disability & Society, 34(6), 972–997.
Oldörp, F., Mihajlovic, C., & Giese, M. (2025). Inclusion in and through disability sport? A scoping review using the examples of goalball and wheelchair basketball. JSAMS Plus, 5, Article 100096.
United Nations. (n.d.). Disability and sports. Division for Inclusive Social Development (DISD).
Wedgwood, N. (2014). Hahn versus Guttmann: Revisiting ‘Sports and the Political Movement of Disabled Persons’. Disability & Society, 29(1), 129–142.
0 件のコメント:
コメントを投稿